物語
それは、真っ青な空がまぶしい、夏の盛りの、ある暑い日のことでした。 一匹のセミが、森の奥深くにある、木の幹に止まりました。 セミは、なつかしげに、言いました。 「やあ、久しぶり。おぼえているかな、ぼくのこと」 木は、そのセミが、自分に向かって…
愛する夫の死を知った娘の嘆きは、あまりに激しいものでした。 そして、夫の死んだ泉に、自分も身を投げて、死のうとしました。 すると、そのときです。 とつぜん、あの魔女が現れ、泉に落ちた娘をすくいあげました。 魔女は、気を失った娘が目を覚ますと、…
一方、王子と娘は、王子の傷が癒えるとすぐに、遠くの国へと旅立ちました。 そして、王子と娘のことを誰も知らない地で、ささやかな結婚式を挙げ、ふたりはふつうの村人として、幸せな日々を送りました。 それから二年ばかりがすぎたころ、それはそれは美し…
王子は、言いました。 「どうして、それを、もっと早く言ってくれなかった。そなたは、わたしのために、自分の一生分の喜びと幸せと満足を投げだすことができなかったことを、悔いているのであろう?……しかし、それは、ひとおもいに命を投げだすことよりも、…
そして、三日後の晩、運命の雨が降りだしました。 王子は、人々が寝静まるの深夜を待って、そっと城の庭へ出ると、湖のほとりで剣を抜き、自分の左腕の内側を、深く、えぐるように切り裂きました。 すると、おびただしい量の血が噴き出しましたが、雨が、み…
《前回までのあらすじ》 お城の王子と貧しい村娘は、偶然の出会いから恋に落ちますが、王子の将来を案じた王とお后によって、王子は、塔の上の部屋に閉じ込められてしまいます。 自由を奪われた王子は死病にかかり、村娘は、自分の一生分の喜びと幸せと満足…
ですが、そんなこととはいっさいかかわりなく、幼いころから優しく賢かった王子は、お城に帰ってくると、たちまちのうちに、多くの家来たちを、とりこにしてしまいました。 王やお后に近い座にいる者たちは、隣国の強さをよく知っていましたから、次期王のも…
さて、死んだはずの王子が、世にも美しくりりしい若者の姿となって戻ってきたために、お城は、上を下への大騒ぎになりました。 当然、王子は死んだものとして、国のまつりごとがすすめられていたのですから、たまったものではなかったのです。 王子以外に子…
すると、王子の瞳に輝きが戻り、傍らにいる娘に気がついて、口を開きました。 「………おお、そなたは、わたしの美しい人ではないか。」 娘は、涙を流しながら、言いました。 「王子さま。わたしが、おわかりになるのですか。あなたさまは、十年の歳月を経て、…
《前回までのあらすじ》 むかし、ある国で、十五になったばかりの王子と、貧しい村娘が出会い、恋に落ちるのですが、王子の行く末を案じた王とお后によって、王子は、無理矢理高い塔の上の部屋に、閉じ込められてしまいます。 村娘にも会えないばかりか、塔…
森をあとにした娘は、それだけで、すべてを奪われたように、胸の底が、冷たくなる思いでした。 そして、約束の「明日の晩」、はすぐに来てしまい、娘は、魔女に言われたとおり、部屋には誰も入れず、ひとりで床につきました。 いつもは疲れ果てて、床(とこ)…
「では、いったい何を……。わたしはいったい、何をさしあげればよいのですか。」 「そうだねぇ………。わたしが欲しいのは……。おまえが、これから一生のうちに受けるだろう、喜びと、幸せと、満足。そうだ、それがいい。」 「わたしが、これからの人生で受けるこ…
「おまえがここへ来ることは、ずっと前から、わかっていたよ。」 そう言った魔女の、銀色の瞳は、おそろしく澄んで美しかったので、娘は思わず、息をのみました。 吸い込まれそう、とはこのことです。 まるで、高い断崖の上に立ち、底の底まで見通せる、透明…
王子が、命とりの病にかかっていることを知った娘は、誰よりも深く胸を痛め、どうにかして、その命を救うことはできないものかと、けんめいに考えました。 ですが、食べもせず、眠りもせずに、どれだけ頭を悩ませても、何の妙案も浮かばず、ただ時間だけが、…
もちろん、かりにも王子たるものを閉じ込める部屋ですから、冷え冷えとした、鉛色の牢獄ではありません。 贅沢のかぎりをつくして飾り立てられた広い部屋には、必要なものも、そうでないものも、何でもありました。 王子のために、日々、豪華で美味な食事が…
王子はそれまで、他人の、あからさまな敵意や憎悪にふれたことはありませんでした。 城の中のものも、外のものも、誰もが王子によくしてくれるのですが、それは、王子という立場への親切であって、自分でなくてもよい気がすることも、少なくはありませんでし…
娘の方は、足早に歩きながら、頭の中を、いろいろな思いがよぎるのに、耐えていました。 あの首飾りは、ずっと前から、欲しくてたまらなかったものでした。 それを、「あげる」と、目の前にぶらさげられたのですから、本当に、喉から手が出るようでした。 し…
それからというもの、王子は、足しげく、その村へ、通うようになりました。 どう猛な、獣たちの前でも、荒々しい男たちの前でも、こわいもの知らずだった王子が、たったひとりの娘の前では、ウサギよりも臆病になりました。 娘が、市場で、青い石のついた首…
むかしむかし、ある国に、それはそれは美しい、王子さまがおりました。 王とお后の愛を受けて、すくすく育った王子は、十五の誕生日を迎えたばかりでした。 彼は、少年の頃から、家来も連れず、何も言わずに、ひとりで出かけていくことを大変好みましたが、…
そのとき、姫の心にあったのは、あのなつかしいオオワシのことだけでした。 姫の願いは、ただ一つでした。もう一度、あのオオワシに会いたい、そうして、そのそばで、何も考えずに眠りたい、それだけでした。 そうなのです。姫にとって、自らおもむくべき場…
召使いは、城にとどまろうとする姫を懸命に説得しつつ、失礼を承知の上で、むりやりに姫の手を取って、先へと進みました。 姫の足は、引っぱられるまま、力なく、前へと進みました。 「真実は、いつも、人間に遠い」。 姫は、オオワシの言葉を思い出しました…
ですが、姫も、姫を助け出した召使いも、当然、そのことを知りませんでした。 ふたりは、しばらくの間沈黙し、いくつもの小径や隠し部屋を通って、さらに遠くへ、遠くへと逃げることに集中しました。 そして、安全なところまで来ると、姫は、召使いに話しか…
「では、それならば…。…でも、なぜ…。あの者は、いったい………」 姫は、自らに問うように、言いました。 そのとき、遠くで、犬が吠えたような声が響きました。 ふたりは、ぎょっとして、足を止めましたが、あとには、静寂があるばかりでした。 「先を急ぎまし…
<前回までのあらすじ> 夏祭りの夜、偶然に出会ったお城の姫と村娘は、お互いの姿が瓜二つなのに驚きますが、村娘の提案で、二人は祭りの間入れかわることにしますが、姫は、村娘によって、古井戸の底に突き落とされてしまいます。 しかし、古井戸の底には…
「姫よ、いったいこれは、どういうことなのだ?」 王は、やっと口を開いて、自分たちの娘であるはずの姫にたずねました。 お后の方は、あまりのおそろしさにすっかり青ざめて、口もきけそうにありませんでした。 本当の姫は、強く訴えかけるように、瞳を見開…
こうして姫は、たったひとり、しんと静まりかえった暗い城の底を、自らの記憶にたずねながら、さまよい歩きました。 そして、いくつもの小径と小部屋を通りすぎ、ようやく、王とお后がいるはずの広間の真下にある空間までたどりつきました。 あとは、広間の…
<前回までのあらすじ> むかしむかし、ある国で同じ日に生まれた城の姫と村娘は、夏祭りの夜に、偶然出会い、お互いの顔が瓜二つなのに驚きます。 村娘の提案で、姫と村娘は、お祭りの間だけ入れ代わることにしますが、着替えるために誘われるまま入った森…
やがて、姫の結婚話は、村人たちのうわさにのぼるところとなり、そのうわさは、さまざまな鳥たちのさえずりや、野の動物たちのささやきをとおして、森の古井戸の底までも伝わることとなりました。 「大変だわ。どうしましょう。」 その話を聞いて、姫は、う…
さて、お城に暮らす娘にも、井戸の底に生きる姫にも、等しく、三年の月日が流れました。 お城は、姫と、となりの国の、いちばん末の王子との縁談で持ちきりでした。 王とお后は、十八になった姫にふさわしいかどうかだけでなく、自分たちがそうであったよう…
<前回までのあらすじ> むかしむかし、ある国で、同じ日に生まれたお城の姫と、貧しい村娘は、ともに十五歳になった夏祭りの夜、偶然に出会い、お互いの顔が瓜二つなのに驚きます。 村娘は、姫がもっと自由に夏祭りを見たがっている気持ちを知り、ほんの一…