他人の星

déraciné

消息不明

土曜日に 液体で発見された あたしは 火曜日まで 戻らなかった 金曜日には よどんだ沼の ほとりで 死体袋のまま 横たわり 列車が 轢いていった 月曜日に 気体となって ふわり 忽然と 消えた あたしは 夜半過ぎ 扉を たたいた 「ウシロ ノ 正面 ダレ ダ」 日…

Cry baby cry

赤ちゃん お泣きよ 今のうちに たんまりと 大地が 裂けて 風が うなる 火柱が あがり 水が 逆巻く ように おおいに 嘆いておくが いいさ この世は 不快な こと だらけ この世は なんと 愉快で 滑稽なまでに 不愉快さに 満ちている こと か いま きみだけに …

Sentimental journey

人生は 旅 だと いう 旅は いつも ものがなしくて さびしい 行けば 帰らねば ならず かならず 終わりが おとずれる 青空 さえ のぞけば 真昼の 白い 月が どこまでも ついてくる ほんの一時 何もかも 忘れ はしゃいでも ふと 気づけば あの月が わたしを 見…

レクイエム

生きること は 世界 への 誰か たった ひとり への 絶望的な 片想いに 似て 眠れば 重い なまり色の 夢を見て 起きれば 虚しい 灰色の 朝を見る きらきら 光る 水面 すれすれに あなたは まっすぐ 飛んでいく 水は 喜び しぶきを あげて うたい おどる わた…

graduate

「これから スタバで ゆずシトラスティー 飲むの」 と 彼女たちは 言った その 言葉の 響きに 青くて 鮮烈で さわやかな 香りがした 降っても 晴れても 同じ教室で すごした 日々が 彼女たち ふたりを 包みこみ いまは 夕暮れどき もうすぐ ここを 去ってい…

「キョッ キョッ」 という音に いったい なぜ どうして いま と おどろいて 声の主を 探した その 数秒後 には 勘違いだ と 気づいて ああ 馬鹿だな と思う この 音は 車の アンサーバック なのに わたし は 昼間 なのに ヨタカが 鳴いている と あたりを み…

赤い くつ

今宵の 暮色は ほんのり 白く 見あげれば 白鳥たちが 真白い おなかを見せて 飛んでいく かなしい声で 鳴きながら 風は 口を すぼめて ひゅうひゅうと ためらいがちに うしなわれたものの 名を ひとつ ひとつ 読みあげる けれど わたしは いつも 欲に 目がく…

happy-go-lucky

「人ごみは 苦手」 なんて 言ってた くせに なんで 来ちゃったかなあ 正月 三日目の 初売り ショッピングモール 実は かっこつけてた だけなんでしょ 人が 多いの なんて 本当は そんな 気になりも しないのに ただ ただ 疲れて 人が大勢 上り下りする エス…

キレイハキタナイ キタナイハキレイ

目を 伏せて ずっと 下を 向いて 歩いて いたら いつの間にか 季節は うつり イチョウは 黄色に メタセコイアは 赤茶色に ツタは 紅色に 染まって いた 咲き つくした コスモスは 背丈が 伸びすぎて 道に倒れ 小さい 真っ赤な花を たくさんつけた キクは み…

僕たちの 大失敗

冬のにおいが 鼻を かすめると みんな 家路を 急ぎたくなる らしい とっぷり 暮れた 闇は 濃くなるばかりで ああ 暗くて 寒いのは 死んで 墓に入るまで 勘弁 してくれよ 昼光色の 明るい あたたかい 我が家へ はやく はやく 帰ろう それは いっこうに かまわ…

劇中劇

誰かの 過去が 流れる 映画の シーン モノクローム の モノローグ セピア色 って 名前が素敵 と思ったら 由来は イカスミだと 知って 何だか 妙にかなしくて 笑った日 子どもの とき うちあげられた 落下傘花火を 必死で 追いかけた けれど わたしは決して …

涙を ながしながら みあげた 空 「いったい 何が そんなに 欲しい?」と きいてくる 澄みわたる 青の かなしみと 冷静 情熱の 赤も かなわない 熱情の 青い炎に 目が 熱く 痛む うつむきながら 時も忘れて 歩いて いると 太陽は 今日最期の光を 矢にして 投…

「無神経」

「食べなくて いい って 思っちゃうんだ」 と 彼女は 言った もう 私を 攻撃しないで と 笑顔で 守る 細い からだ は 秋の陽に 透ける 蜘蛛の巣 みたいに 消えそうで わたしは その手を とりたく なった けれども それは 彼女の もの ではなくて わたしの 淋…

「気持ち 悪い」

ありがとう ありがとう って言うたびに いつも どこかが むずむずする その ことばを ならった日々を 思い出す からだ 「“ありがとう”は?」 ママが 言った 「お友だち」と そのママの前で もらったのが クッキーだったか チョコレートだったか キャンディー…

双頭の 蛇 

何もかも 気に入らない ナニモカモ キニイラナイ 何だって? 何かが おまえの お気に召すようになるとでも? 何もかも 思いどおりにならぬ ナニモカモ オモイドオリニナラヌ 何だって? 何かが おまえの 思いどおりになるとでも? 無数の あざけり笑いが 不…

真夏の 葬列

真夏の 日盛りに 葬列を 見た 標本のように 完璧な セミの幼虫が 地を這っている と 思ったら それは 黒々とした 小さい蟻が 無数にたかって 少しずつ 少しずつ すすんでいく そのさまであって きみの いのちは もう ないのだった 大事な 大事な 食糧を 蟻た…

信号機と ヒグラシと 同調圧力

絶対 必要ない ところに ついてる 信号機って あれ どういうわけなんだろうって そこに 来るたび 思い出したように 思う まるで 自然に 朽ち果てて 消滅するはずの いらない 配線の 一部が残ってる みたいな あるいは 廃墟の 一部 みたいな でもね みんな 赤…

「こんにちは」と「さようなら」のあいだ

もし 「こんにちは」 と 「さようなら」の間が もっと 短かったなら もっと 短くて はかないものだと ちゃんと わかって いたなら きみに もっと やさしく できたの かな ぼくが しているのは 寿命 とか 余命 とかの 話じゃなくて 「きょう」 がある ってこ…

薔薇の舟

淋しくて たまらない とき ぼくは きみの 名を 呼ぶ そして 思う 名前 って べんりだ と 恋しくて たまらない とき ぼくは きみに 「愛してる」と 言う そして 思う 言葉 って べんりだ と でも 違う 違うんだ かたち あるもの かたち ないもの すべて 言葉…

raindrop

雨に 濡れる のは 嫌い じゃ ない いちど 雨に 濡れたら 傘 なんて いらない さあ 両手を ひろげ 顔を あげて 草木の ように 全身で 受けとめよう ほほ に ひたい に 数えきれない やさしい キスを 泣きたくても じょうずに 泣けない わたしの かわりに たく…

タブラ・ラサ

生まれたとき 手紙を 持ってたはず なんだ そう ぼくが なぜ こんなに 苦しいのか なぜ こんなに かなしいのか なのに なぜ 生まれたのか けれども その手紙は 日々 手あかにまみれ 踏みにじられ 破れて いまは もう 何が書いて あったのか 読めも しない だ…

あしたの 太陽

眠れぬ夜の 朝は しらじらと 明けて 太陽は 低く 重い なまり色の雲を 押しのけて むっくりと 顔を 出す 世界は わがもの と 自信たっぷりの その顔に 吐き気をもよおす ものが いるなど 思いも せずに ひとりきりで あした から おいていかれる 自分を あし…

「忘れてた くせに 忘れてた くせに」 と 桜が つぶやく 太陽が しらじらと光る ハレーション 涙で くもった 視界の ように 音も せずに さらさらと 風に 引きちぎられた 花の雨 きみの 髪 おきざりに された 花びら ひとつ 「忘れてた くせに 忘れてた くせ…

影法師

道端に ぺたりと 座り込み 泣いていた あの日の 午後 力が ひとつも 残っていなくて そうするしか なかった あの日の 午後 思い出せない 思い出せない 遠い むかし 「わたし」 を演じる 「わたし」が もとは 何という名の どんな 「わたし」 だったのか いま…

砂の城

いつも 思う どうして もっと 波打ち際から 離れた場所に つくらなかった だろう と 潮が満ちれば あとかたもなく 持ち去られる そんな場所に どうして いつも つくって しまうのだろう と 頑丈な砦と 城壁 高い塔も すぐに 潮は満ちて あとかたもなく ねこ…

正しい 世界の 歩きかた

その少年は いつも 膝を抱え 戸口に 座っている 中は まばゆいばかりの 光に 満ちている というのに 彼は 決して 入ろうとしない 「なぜ」 と 問うと 彼は 言う 「幸せは いつも こうして 待っているときが いちばん 幸せ だから」 と その 老人は いつも 目…

マッチ箱の 夢

マッチ 一本 擦って ぼくは 一本の 缶コーヒーの 夢を 見る ジハンキ から 出たての 熱い缶を 握りしめれば 冷たい指先が じん とする そう ここが いつもの ぼくの 場所 あの 幸せな マッチ売りの少女は 星みたいに光る クリスマス・ツリーに 豪華な ごちそ…

希望の となり

冷たい頬を 熱い 涙が つたい落ちる 野を 焼き 木を なぎはらい 疾走する 溶岩のように かなしみが 果てるまで 鋭い爪で 引き裂いたように 幾筋も 残る この胸の 黒い 傷あとを 涙に 赤く 焼けただれた この頬を どこに あずければ 何に うずめれば 癒えるの…

ふうせん とばそ

きのう までの かなしいこと くるしいこと いやなこと つらいこと ぜんぶ ぜんぶ 吹き込んで 風船にして 飛ばそう 野を越え 山越え 谷越えて ぐんぐん ぐんぐん 空高く あがったら 胸の いたみも 軽くなる かなしみなんて 忘れてる 怒ったことも みんな みん…

青い夢

神々の 書架に はしごをかけた ふとどきもの どこまでも どこまでも 高くつらなる 天井知らずの 書物の棚に いったい 何を 探そうというのか 妖艶な 青い蝶が舞い 神秘の 青い花が 咲き乱れる野を 彼は 探しつづける 人を誘う 森の 暗がりにも 人を惑わす 湖…