さて、姫の方は、相変わらず、どうしたものかと考えながら、娘を見ていました。
腕輪も首飾りも、この娘に与えた方がよいのではないかと、思いはじめていたのです。
娘は、本当に、見れば見るほど、自分とそっくりでしたが、その顔には、自分にないものが、はっきりと、現れているように思われました。
それが、姫の、自分でも気づいていない、無意識の罪悪感、あるいは、劣等感のようなものを、強く刺激したのです。
娘の目には、何かを必死で求めるというよりは、すきあらば、相手の持てるものすべてを奪おうとするような、あからさまな飢餓と渇望とがありました。
そのぎらぎらとしたようすは、お世辞にも上品とは言えず、いやな印象すら与えかねないものでしたが、その感じが、かえって、姫を圧倒したのです。
たしかに、姫は、娘よりも、物質的生活において、恵まれすぎるほど恵まれていました。
それに、娘には、もう父も母もいないのに、姫は、王とお后のもとに祝福されて生まれ、いまも大切に守られていました。
しかし、一方で、その生活は、姫にとって、たいへん息苦しいものでもありました。ときどき姫は、こう思うことがありました。もし、一国の王の姫、というかぶりものを、抜け殻のように脱ぎ捨てたとしたら、父も母も、自分のことなど、まったく見向きもしなくなるのではないだろうか?
たとえ、目の前にいる娘のような、むきだしの欲望や衝動があったとしても、姫には、それをあらわすことは許されませんでした。
そういうものは、あさましくいやしい人間のものだと、さんざんおしえ込まれてきたのです。
そして、姫は、父と母が敷いた、完璧で安全なじゅうたんの上を、踏みはずすことなく、結婚相手も何もかもを決められて、ずっと、自分を引っ込めたまま、生きていかなければならないのです。
姫は、ようやく、口を開きました。
「わかりました。首飾りも、腕輪も、二つともあなたにさしあげましょう。」
しかし、娘の方では、姫がもの思いにふけっている間に、もっといい案を思いついていたのです。
「ねぇ?それよりもっと、面白い話があるよ。あんた、聞きたくない?」
娘の目が、いっそうきらきらと輝きました。姫はそれを、どんな宝石よりもあやしく美しいと思いました。
「あんたさっき、一人でこっそり、市場を見てたね?」
「ええ。」
「あたし、思うんだけど、お城の生活って、かなり窮屈なんでしょうね?」
姫は、さっきまで自分が考えていたことを言い当てられたように思って、ぎょっとしました。
「あたし、すごくいいことを思いついたんだ。ねぇ、あたしたち、ちょっとの間だけ、入れかわらない?」
「え?」
「そうすれば、あんたは今夜、心おきなく、お祭りの市場を自由に見てまわれる。それに、あたしはその間、あんたのその、美しい腕輪やら首飾りやら、そのすばらしい着物を着て、お姫さまになれるってわけさ。」
「でも………あなたは、それでよいのですか?お祭りを、自由に見てまわれなくてもかまわないのですか?」
「それどころか、もう、あきあきしてるんだよ。あんなもの、おもしろいと思うのは、最初のうちだけさ。あんたがお城の生活に、辟易するようなもんでさ。だからね。……森に入って、ちょっと行くと、泉がある。そこで入れかわって、お祭りが終わるころ、またそこで落ち合えばいい。どう?やってみない?きっと、楽しいよ。」
姫は、気持ちの半分くらいはそうしてみたいと思い、あとの半分は、躊躇していました。
初めて来た村で、初めて出会った人間、しかも、気味が悪いくらい、自分とそっくりな人間に誘われて、背後に広がる鬱蒼とした森に足を踏み入れるのは、とても不安でした。
ですが、結局、姫は娘の勢いに押され、娘の提案どおり、二人は入れかわることになったのです。
《第5話へ つづく》