<前回までのあらすじ>
むかしむかし、ある国で、同じ日に、お城で一人のお姫さまが、貧しい村で一人の娘が生まれました。ともに十五歳になった夏祭りの日、村娘が、姫の腕輪を盗んだことがきっかけで、二人ははじめて出会い、お互いの顔がそっくりなのに驚きます。
村娘は、姫の腕輪が欲しいと言い、姫はただ驚くばかりでしたが、そのうちに、顔がそっくりなのだから、お互いに入れ替わって楽しもう、と娘から提案され、躊躇しつつも、その提案を受け入れたのですが…。
娘のあとについて、森へ入っていくと、そこにはただ、漆黒の闇があるばかりでした。
木々の隙間から、お祭りのにぎわいが、どんどん遠ざかっていくようすが感じられると、姫は、いっそう心細い気持ちになりました。
ですが、ほんものにせものはともかく、一刻も早く、王とお后のもとへ、姫が戻らなければ、大変な騒ぎになってしまいます。
姫は、ごつごつした木の根っこにつまづきながら、急いで娘のあとに続きました。
やがて、思ったよりも早く、森の奥にある泉に着きました。
しんとして、ひらけた場所の中心に、いまはもう、誰も使わなくなった、忘れ去られた大きな古井戸がありました。
姫は、こわごわ井戸をのぞき込んでみました。
その井戸は、本当に深くて、のぞき込んだだけでは、底のようすをうかがい知ることはできませんでした。
そのとき、背後で、じゃぼん、という水音がしました。
見ると、いつの間にか、服を脱いだ娘が、泉のなかへ、飛び込んだのでした。
「あんたの、その立派な服にそでを通す前に、からだを清めておかなくっちゃね。あんたもどう?」
娘は、快活に笑いながら、水浴びをしています。
月明かりのもとに、恥ずかしげもなくさらされた娘のからだの美しさに、姫はなぜか、ひどい動揺を覚え、頭がくらくらしました。
姫は、とてもではありませんが、こんなところで裸になる気にはなれませんでした。
やがて、娘は水から上がると、姫に、着ているものを脱ぐように言いました。
姫が、恥ずかしげに躊躇していると、娘は笑いながら言いました。
「大丈夫。見やしないから。」
そして、娘が後ろを向いている間に、姫はおずおずと服を脱ぎ、首飾りも腕輪もはずすと、娘に合図をしました。
すると娘は、そこへ脱いである姫のドレスをすばやくひっつかみ、夢中でそでを通し、ほっそりとした首には首飾り、しなやかな腕には腕輪をつけました。
それらは本当に、まるであつらえたように、娘にぴったりでした。
「どう?似合うかしら?」
娘は、ドレスのすそをちょっとあげ、まるで、お姫さまのようなおじぎをして見せました。
姫は、その姿に、思わずぞっとしないではいられませんでした。
それは、本当に、姫以外の誰でもなかったからです。
「さあ、あんたもうしろを向いて。あたしの服を、着せてあげるから。こういうの、お召しかえ、って言うんだろう?あたしが、お召しかえしてあげるよ。」
姫は、みずぼらしい娘の服を着せられると、いいようのない不安におそわれました。
ですが、これで、誰にも見とがめられることなく、あの楽しいお祭りを、心ゆくまで、見てまわることができるのはたしかです。
姫は、嬉しいような、おそろしいような、複雑な気持ちになりました。
「さあ、いまから、あたしはあんた、あんたはあたし。祭りが終わるころ、またここで落ち合うのよ。祭りのしめくくり、花火の一発目があがったのが合図。いいね?」
しかしこのとき、いまや姫の姿となった娘の心は、少し前からせまりつつあった何ものかに、突然、がらりと解き放たれたのです。
「ああ、ちょっと待って。うしろを向いて。ボタンがはずれてる。」
娘の言葉に、姫が素直にうしろを向いた、そのときです。
娘は、姫の背中を勢いよく押して、古井戸のなかに、姫を突き落としてしまいました。
姫は、あっ、という間もなく、深い、深い、井戸の底へ、まっさかさまに落ちていきました。
《第6話へ つづく》