他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第5話

<前回までのあらすじ>

 むかしむかし、ある国で、同じ日に、お城で一人のお姫さまが、貧しい村で一人の娘が生まれました。ともに十五歳になった夏祭りの日、村娘が、姫の腕輪を盗んだことがきっかけで、二人ははじめて出会い、お互いの顔がそっくりなのに驚きます。

 村娘は、姫の腕輪が欲しいと言い、姫はただ驚くばかりでしたが、そのうちに、顔がそっくりなのだから、お互いに入れ替わって楽しもう、と娘から提案され、躊躇しつつも、その提案を受け入れたのですが…。

 

 

 

 娘のあとについて、森へ入っていくと、そこにはただ、漆黒の闇があるばかりでした。

 木々の隙間から、お祭りのにぎわいが、どんどん遠ざかっていくようすが感じられると、姫は、いっそう心細い気持ちになりました。

 

 ですが、ほんものにせものはともかく、一刻も早く、王とお后のもとへ、姫が戻らなければ、大変な騒ぎになってしまいます。

 姫は、ごつごつした木の根っこにつまづきながら、急いで娘のあとに続きました。

 

 

 やがて、思ったよりも早く、森の奥にある泉に着きました。

 しんとして、ひらけた場所の中心に、いまはもう、誰も使わなくなった、忘れ去られた大きな古井戸がありました。

 

 姫は、こわごわ井戸をのぞき込んでみました。

 その井戸は、本当に深くて、のぞき込んだだけでは、底のようすをうかがい知ることはできませんでした。

 


 そのとき、背後で、じゃぼん、という水音がしました。

 見ると、いつの間にか、服を脱いだ娘が、泉のなかへ、飛び込んだのでした。

 

 「あんたの、その立派な服にそでを通す前に、からだを清めておかなくっちゃね。あんたもどう?」

 

 娘は、快活に笑いながら、水浴びをしています。

 月明かりのもとに、恥ずかしげもなくさらされた娘のからだの美しさに、姫はなぜか、ひどい動揺を覚え、頭がくらくらしました。

 

 姫は、とてもではありませんが、こんなところで裸になる気にはなれませんでした。

 

 やがて、娘は水から上がると、姫に、着ているものを脱ぐように言いました。

 

 姫が、恥ずかしげに躊躇していると、娘は笑いながら言いました。


 「大丈夫。見やしないから。」

 

 そして、娘が後ろを向いている間に、姫はおずおずと服を脱ぎ、首飾りも腕輪もはずすと、娘に合図をしました。


 すると娘は、そこへ脱いである姫のドレスをすばやくひっつかみ、夢中でそでを通し、ほっそりとした首には首飾り、しなやかな腕には腕輪をつけました。

 それらは本当に、まるであつらえたように、娘にぴったりでした。

 

 「どう?似合うかしら?」

 

 娘は、ドレスのすそをちょっとあげ、まるで、お姫さまのようなおじぎをして見せました。

 

 姫は、その姿に、思わずぞっとしないではいられませんでした。

 

 それは、本当に、姫以外の誰でもなかったからです。

 

 「さあ、あんたもうしろを向いて。あたしの服を、着せてあげるから。こういうの、お召しかえ、って言うんだろう?あたしが、お召しかえしてあげるよ。」

 

 姫は、みずぼらしい娘の服を着せられると、いいようのない不安におそわれました。

 ですが、これで、誰にも見とがめられることなく、あの楽しいお祭りを、心ゆくまで、見てまわることができるのはたしかです。

 姫は、嬉しいような、おそろしいような、複雑な気持ちになりました。

 

 「さあ、いまから、あたしはあんた、あんたはあたし。祭りが終わるころ、またここで落ち合うのよ。祭りのしめくくり、花火の一発目があがったのが合図。いいね?」

 

 しかしこのとき、いまや姫の姿となった娘の心は、少し前からせまりつつあった何ものかに、突然、がらりと解き放たれたのです。


 「ああ、ちょっと待って。うしろを向いて。ボタンがはずれてる。」


 娘の言葉に、姫が素直にうしろを向いた、そのときです。

 

 娘は、姫の背中を勢いよく押して、古井戸のなかに、姫を突き落としてしまいました。

 

 姫は、あっ、という間もなく、深い、深い、井戸の底へ、まっさかさまに落ちていきました。

 

                           《第6話へ つづく》