他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第6話

 

 それから、姫になった娘は、急いで、王とお后のもとへ、かけていきました。

 

 王とお后は、すでに、姫がいないことに気づき、あわてて家来たちに四方八方探させていました。

 そこへ戻ったのですから、姫になった娘は、王から、ひどく叱られました。

 

 ですが、いまや姫になった娘は、このさも偉そうな王さまをだましているということだけで、とても愉快だったので、そんなお小言は、少しも苦になりませんでした。

 

 そして、姫になった娘は、何喰わぬ顔で、王とお后とともに城へ戻り、一国の王の姫君としての、何不自由ない生活を、満喫することになったのです。

 


 しかし、いくら外見だけがお姫さまのようになっても、そんなに簡単に、まわりのものをだましきれるでしょうか。

 

 生まれもった高貴な血、気品ある立ち居振る舞い、身分あるもの特有の言葉づかいなど、難関はいくらでもあったはずでした。

 ところが娘は、これらすべてを、難なくクリアすることができたのです。

 

 それは、いったい、なぜなのでしょうか。

 

 実は、娘の母であった村女は、そのむかし、お城に仕えていた女中の一人でした。

 ですから、身分の高いものの立ち居振る舞いについてはよく知っていましたし、仕事上の必要もあって、そのいくつかを、自らも身につけていました。

 

 むかし、この国の王は、貧しくも美しい、お城の女中のひとりに目をとめました。

 そして、ひそかに逢瀬を重ねるうちに、女中は、新しい生命をさずかったのです。


 これは、一国の王たる者にとっては、大変に不名誉なことです。 

 お后にばれでもしたら、大変です。やれ不倫だ、離婚だなどという、一家庭の問題では終わりません。

 王とお后は、まつりごとをはじめ、多くの利害が複雑にからむ政略結婚によって結ばれたのですから、王の不義は、一国の政情不安にさえつながってしまうのです。

 

 そこで、王は、この女中に大金を与えて、暇をとらせました。

 そのかわり、今後いっさい、王やお后はもちろんのこと、城とはいっさいかかわりをもたないこと、そして、このことを決して口外しないこと、この二つをかたく守るよう、女中に約束させたのです。


 女中は、その言いつけに従って村に戻り、やがて月が満ちると、お城にお姫さまが誕生したのと同じ日、同じ時刻に、美しい女の子を産み落としました。


 そうです。女中がひそかに産んだ赤子というのは、まさに、あの娘のことだったのです。

 

 女は、王の血を受け継ぐ娘に、自分がお城で目にしたり、身につけたりした作法や言葉づかいをおしえ込みました。

 いつか、もしかしたら、そういう礼儀が役に立つ日が来るかもしれない、いいえ、もともと高貴な生まれなのだから、自分の娘にだって、幸せになる権利があるはずだと、その一心だったのです。


 そして、母の願いどおり、その日が、とうとう来たのでした。

 

 娘が、何の苦もなく、また、まわりの者に違和感を抱かせることもなく、お城にとけ込むことができたのには、こんなわけがあったのです。

 

                             《第7話へ つづく》