他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第7話

 

 さて、一方、古井戸に突き落とされた姫は、どうなってしまったのでしょうか。

 死んでしまったのでしょうか。


 いいえ、生きていました。

 

 実は、古井戸の底には、先客がいたのです。

 それは、一羽のオオワシでした。

 姫は、そのオオワシの背に受けとめられたことで、かろうじて、命びろいしたのです。

 

 姫は、真っ暗な井戸の底で、目が慣れるまでしばらくの間、そこに誰がいるのかわかりませんでしたが、それでも、助けてもらった礼を言うことを忘れませんでした。

 

 「どなたかは存じませんが、助けてくださって、ありがとうございます。おかげで、わたくしには、まだ、命があるようです。」

 

 すると、そのものは、深く、落ちつきのある声で応えました。


 「いいや、単なる偶然だ。突然、上から何かが落ちてきて、わたしは、ただ驚くばかりだった。」


 姫は、その声と威厳ある話しぶりから、これはきっと、立派な教養を身につけた人間に違いない、と思いました。

 

 ですが、暗闇に目が慣れてくると、そこにいるのが人間ではなく、立派な翼をもつオオワシであることがわかりました。


 しかし姫は、驚いたり、こわがったりということは、まったくありませんでした。

 

 「なぜ、あなたのように大きな翼をもった方が、こんな深い井戸の底に?」


 そのとき姫は、オオワシが、翼に深い傷を負っているのに気づき、思わず絶句しました。


 「かわいそうに。さぞかし、ひどく痛むのでしょう?」
 「いいや、大したことはない。」


 その傷は、さほど古いものでも、また、新しいものでもないようでした。

 

 ですが、何の手あてもしないまま放っておかれ、ひどく化膿したその傷がオオワシを苦しめているのだけは、たしかだったのです。

 

 「ところで、おまえはいったいどうして、こんなところへ落ちてくる羽目に陥ったのだね?」


 オオワシがたずねたので、姫は、自分の身に起こったことを、オオワシに話して聞かせました。すると、オオワシは、しばらく考え込んでいましたが、やがてこう言いました。


 「まったく、そうしたことは、思っているよりも、よくあることなのだ。」
 「まさか、あなたも、誰かに突き落とされたのですか。」
 「そうだ。おまえと同じように、だまされて、致命的な傷を負い、この奈落の底へ、たたき落とされたのだ。」

 

                             《第8話へ つづく》