さて、一方、古井戸に突き落とされた姫は、どうなってしまったのでしょうか。
死んでしまったのでしょうか。
いいえ、生きていました。
実は、古井戸の底には、先客がいたのです。
それは、一羽のオオワシでした。
姫は、そのオオワシの背に受けとめられたことで、かろうじて、命びろいしたのです。
姫は、真っ暗な井戸の底で、目が慣れるまでしばらくの間、そこに誰がいるのかわかりませんでしたが、それでも、助けてもらった礼を言うことを忘れませんでした。
「どなたかは存じませんが、助けてくださって、ありがとうございます。おかげで、わたくしには、まだ、命があるようです。」
すると、そのものは、深く、落ちつきのある声で応えました。
「いいや、単なる偶然だ。突然、上から何かが落ちてきて、わたしは、ただ驚くばかりだった。」
姫は、その声と威厳ある話しぶりから、これはきっと、立派な教養を身につけた人間に違いない、と思いました。
ですが、暗闇に目が慣れてくると、そこにいるのが人間ではなく、立派な翼をもつオオワシであることがわかりました。
しかし姫は、驚いたり、こわがったりということは、まったくありませんでした。
「なぜ、あなたのように大きな翼をもった方が、こんな深い井戸の底に?」
そのとき姫は、オオワシが、翼に深い傷を負っているのに気づき、思わず絶句しました。
「かわいそうに。さぞかし、ひどく痛むのでしょう?」
「いいや、大したことはない。」
その傷は、さほど古いものでも、また、新しいものでもないようでした。
ですが、何の手あてもしないまま放っておかれ、ひどく化膿したその傷がオオワシを苦しめているのだけは、たしかだったのです。
「ところで、おまえはいったいどうして、こんなところへ落ちてくる羽目に陥ったのだね?」
オオワシがたずねたので、姫は、自分の身に起こったことを、オオワシに話して聞かせました。すると、オオワシは、しばらく考え込んでいましたが、やがてこう言いました。
「まったく、そうしたことは、思っているよりも、よくあることなのだ。」
「まさか、あなたも、誰かに突き落とされたのですか。」
「そうだ。おまえと同じように、だまされて、致命的な傷を負い、この奈落の底へ、たたき落とされたのだ。」
《第8話へ つづく》