他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第8話

 

<前回までのあらすじ>

  むかしむかし、ある国で、同じ日に生まれたお城の姫と、貧しい村娘は、ともに十五歳になった夏祭りの夜、偶然に出会い、お互いの顔が瓜二つなのに驚きます。

 村娘は、姫がもっと自由に夏祭りを見たがっている気持ちを知り、ほんの一時、入れ代わろうと提案します。

 姫は、ためらいつつも、村娘の提案を受け入れ、着替えをするために、誘われるまま、森の奥の、古井戸がある場所へとやってきます。

 そのとき、魔が差した村娘は、姫を、古井戸の中へ突き落としてしまいます。

 古井戸の底には、以前、何ものかによって落とされ、キズを負ったオオワシがおり、その背に落ちたおかげで、姫は命拾いをしたのです。

 

 

 

 姫は、オオワシの言葉、その一言一言に、不思議な重みを感じていました。

 彼は、老成した人格者のような風格をもちながら、その目には、若々しい純粋な輝きを宿していました。


 それで姫は、もしかしたらと思い、オオワシにたずねてみたくなりました。


 「ひょっとして、あなたはむかし、人間だったのではないですか。」
 「なぜ、そう思うのだ?」
 「あなたが、とてもすばらしい知性や思想を、おもちのように、思えるからです。」

 

 しかし、姫の言葉は、少しだけ、オオワシの機嫌を損ねたようでした。


 「勘違いをしてはいけない。この世で人間だけが、立派な知性や思想をもっていると思ったら、大間違いだ。ならばなぜ、おまえはいまここに、こんな深い井戸の底にいるのだ?それはおまえの言う、立派な知性や思想とやらをもっている人間にだまされて、突き落とされたからであろう?」


 そう言われると、姫にはもう、何も言い返せませんでした。

 

 「……ごめんなさい。わたくし、本当に、何も知らないのだわ。」

 

 オオワシは、悲しみに傷ついて、涙を落とす姫に、優しく言いました。

 

 「いいや。おまえが謝る必要は、少しもない。おまえは大方、そのようにおしえられてきたのであろう。父君や母君から、人間というものが、どんなに立派な生きものか、いやというほど、たたき込まれてきたのであろう?たとえ嘘やまやかしでも、人間が人間に信用されなくては、いろいろと都合が悪い。とくに、上に立つものたちにとっては。………だが、真実は、いつも人間に遠い。真実の方でも、覚悟をもたない人間など、相手にしようとはしないのだから。」


 オオワシの、深い瞳を見ていると、姫は、ひどく悲しいような、せつないような、何とも言えない気持ちになって、胸がしめつけられるようでした。

 こんなことは、生まれてはじめてでした。


 姫とオオワシとの間に、しばし、沈黙が流れました。

 ですが、その何も言わない間に、ふたりは、何とも言いようのない、あたたかい理解と信頼を、お互いの中に感じ取ったのでした。

 

 オオワシが、再び口を開きました。


 「わたしは、おまえの言うように、もしかしたら、過去には人間であったこともあるのかもしれない。だが、本当のところどうだったのか、もう忘れてしまった。どんな生きものもただ、その姿のままに考え、その姿のままに行動するものだ。わたしも、そして、おまえも。」


 姫は、父や母にも、これまでどんな人にも感じたことのない、生き生きとして、血のかよった気持ちが、真の姿で、そこに現れているように感じました。そして、今まで知ることのなかった、安らぎのようなものさえ、感じてさえいたのです。

 

 それはまた、いままで誰のことも信用できず、孤独の底で生きてきたオオワシにとっても、同じことでした。

 

                             《第9話へ つづく》