<前回までのあらすじ>
むかしむかし、ある国で同じ日に生まれた城の姫と村娘は、夏祭りの夜に、偶然出会い、お互いの顔が瓜二つなのに驚きます。
村娘の提案で、姫と村娘は、お祭りの間だけ入れ代わることにしますが、着替えるために誘われるまま入った森の奥で、姫は、村娘に、古井戸の中へ突き落とされてしまいます。
ですが、古井戸の底には、キズを負ったオオワシがおり、姫は命拾いをします。
オオワシと姫は、ともにすごすうち、心からうちとけ合うのですが、いまは偽の姫となった村娘の結婚のうわさを聞き、姫は、オオワシに助けられ、井戸の外へ出るのですが、オオワシは力尽き、井戸の底へと、再び落ちていきました。
姫には、どうすることもできませんでした。けれども、せっかくのオオワシの好意をむだにするわけにはいきません。
いまにも息がとまってしまいそうに痛む胸をおさえながら、姫は、森を出て、村を抜け、城へと続く一本道をのぼっていきました。
しかし、城が近づいてくるにつれて、姫の中に少しずつ、自分でも不思議なくらい、勇気と自信がわいてきました。
まるで、オオワシが、姫にぴったりと寄り添ってくれているかのようでした。
姫は、こんなとき、あのオオワシだったらどうするのだろうと、ただそれを考えて、一歩一歩、足を進めたのです。
姫はひとりでに、こうつぶやいていました。
「いままで、知っているとばかり思っていたことが、わからなくなった。いぜんは見えなかったものが、いまは見える。」
そして、いよいよ城のそばまで来たとき、姫は、祈るような気持ちで言いました。
「あの道が、まだ、わたくしに開かれていますように。」
いくら、もとは本当のお姫さまといえども、年月もたって、やつれてみすぼらしい姿では、誰も門を開けてはくれないでしょうし、まして、両親に会うことなど、とてもかなわないでしょう。
ですが、お城の中には、誰も知らないような抜け道や隠し部屋、人がやっと通れるような細い小径(こみち)などが、あちこちにありました。
お城は、とても古い建物でしたが、それらの道は、いつ敵が攻め入ってくるともわからなかったはるかむかしには、とても重宝がられ、その場所や詳細を記した資料も大切に保管されていたのですが、いまでは時代が違いました。
誰も攻め入ることがなくなって久しいこの城では、その資料はいつしか失われ、それらについて熟知していたり、興味関心を持つ者など、誰もいなくなってしまったのです。
むかし、まだ幼かった姫には、そういうものが、おもしろくてなりませんでした。
それで姫は、たびたび両親の目を盗んでは、城のあちこちを探検して遊びました。
それは、姫ひとりのこともあれば、可愛い友だちが一緒だったこともありました。
可愛い友だちというのは、お城の召使いの息子でしたが、姫よりも二つほど年下であったこの賢い男の子は、ときに、姫に先立って、秘密の場所をみつけてくれることもありました。
そうしてみつけた秘密の小径や隠し部屋は、すべて、姫の大切な宝ものでした。
それは、窮屈なお城の生活という現実から、ほんのひとときだけでも、姫の心を軽く、自由にしてくれたのでした。
それらの記憶をたどり、自分の思ったとおりの道を行くことができれば、しめたものです。
姫はまず、お城の裏手へとまわり、城壁の隅のたった一カ所、石が動いて開く場所を探し出しました。
ありがたいことに、その石はまだそこにあったのです。
姫はそこから中へ入ると、今度は、一見して、建物どうしがぴったりとくっついているように見えて、実際には三つの細い隙間が空いている場所へ行きました。
そのうちの二つは迷路になっているので、避けなければなりません。
いちばん左側の隙間が、城の内部、誰も知らない隠し部屋への通路になっていました。
姫はそこを、這いつくばるようにして進んでいきました。
そこからまた、いくつも枝分かれした細い道が続いていましたが、隠し部屋の、本棚が二つ並んでいる場所の影にある道が、正しい道でした。
《第12話へ つづく》