他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第13話

 

 「姫よ、いったいこれは、どういうことなのだ?」

 王は、やっと口を開いて、自分たちの娘であるはずの姫にたずねました。

 お后の方は、あまりのおそろしさにすっかり青ざめて、口もきけそうにありませんでした。

 

 本当の姫は、強く訴えかけるように、瞳を見開いて、話を続けました。


 「お父さま、お母さま。どうか、このわたくしを、よくご覧になってください。あなたがたの目に、わたくしは、どのような者と映るのでしょうか。自らの思いを、自ら知ろうとすればするほど、それはどんどん、はるか彼方へ遠ざかっていきます。そしてまた、それを真の言葉にして伝えようと、思えば思うほど、沈黙が多くなります。あなたがたに理解していただけるようにするためには、わたくしの努力が足りなかったのかもしれません。そうして、あなたがたとわたくしの距離は、知らぬうちに、どんどん離れていってしまったのかもしれません。けれども、この三年間、わたくしは、お父さまのことも、お母さまのことも、一日たりとも、忘れたことがございません。ふたたび相まみえる日を、夢にまで見ていたのでございます。どうか、あなたがたの娘を、よくご覧になってください。あなたがたの前にいる、このわたくしを。あなたがたの娘らしい、何ものをも、身にまとってはいない、このわたくしを。」


 王とお后は、その言葉に耳を傾け、家来たちもまた、静まりかえって、ことのなりゆきを見守っていました。

 

 ですが、王は、この話を聞いているうちに、もうずっとむかし、自分の中で掻き消した、何か、いやな感じのするものが思い出されるような気がして、不愉快になってしまったのです。


 「ええい、黙れ、黙れ!わけのわからぬことを言って、惑わす気だな。おまえは魔物か!」


 王の激しい言葉に、今度は、偽者の姫が、わっと泣き出しました。

 

 「ああ、お許しください、お父さま、お母さま。こうなる前に、きちんとお話しすべきでした。罪は、このわたくしにあります。」

 

 王は、偽物の姫に、優しく言いました。

 

 「姫よ、そんなに泣かずともよい。どうか、わけを話しておくれ。」


 すると、偽物の姫は、とうとうと、語りはじめました。


 「あの十五のときのお祭りの晩、わたくしは、あの者の言うように、ほんの少しだけ、にぎやかでめずらしい市場を見たくなり、お父さまとお母さまのおそばを離れてしまったのです。そのとき、おそろしいほどわたくしにそっくりな、あの者が近づいてきて、わたくしの大切な腕輪を盗み取りました。当然、わたくしは追いかけました。するとあの者は、わたくしが市場を見たがっている気持ちを察して、入れかわろうと言ってきたのです。ですが、わたくしはちゃんと知っていました。人ごみにまぎれて近寄ってくる、わが身に瓜二つの者とは、魔物であるということを。それで、わたくしは、ひとまずその話に乗ったふりをして、あの者のあとについて、森へ入りました。そこで、すきをついて、あの者を、森の古井戸に、突き落としてやったのでございます。すると、どうでしょう。魔物だけでなく、そのとき、わたしのからだをおおっていた、何か、黒くて重い、影のようなものも一緒に、煙のように高く立ちのぼっていき、井戸の中へと、消えていったのです。そのとたん、わたくしの心は、一気に、まるで晴れの空のように明るく、かろやかになりました。そこでわたくしは、あの魔物と一緒に、いつからか、わたくしの中の、陰鬱な何ものかが滅びてなくなったことを感じたのでございます。その日から、一点のくもりなく、わたくしの心はただ、お父さまやお母さまへの愛と、感謝の気持ちで、あふれんばかりになったのです。」


 王は、この話を聞いて、何かに大きく合点がいったようでした。


 「おお、そうか、そうであったか。姫よ、わたしは、いままで不思議に思っていたのだ。そなたが十五であった、あの祭りの夜から、突然、そなたが明るく、優しい、思いやりに満ちた、快活な娘に変わったことを。おお、そういうことであったのか………」


 「さようでございます、お父さま、お母さま。こんなことになる前に、もっと早くお話しすべきでした。ですから、お父さまのおっしゃるとおり、そこにいる者は、まことに、魔物に相違ございません。いまふたたび、お父さまやお母さま、それに、この国を惑わして滅ぼそうと、井戸の底からよみがえった、魔物に違いないのでございます。」

 

 王とお后は、いまや、自分たちにとってかけがえのない存在となった、偽者の姫の言葉を、すっかり信じてしまいました。その言葉が示す、利発さや優しさ、けなげさや愛情深さに心うたれ、ふたりは、信じたいものを、信じることにしたのでした。

 

 そうして、本当の姫は、即刻捕らえられ、明朝、日の出とともに、魔物として、処刑されることに決められてしまいました。

 

                            《第14話へ つづく》