ですが、姫も、姫を助け出した召使いも、当然、そのことを知りませんでした。
ふたりは、しばらくの間沈黙し、いくつもの小径や隠し部屋を通って、さらに遠くへ、遠くへと逃げることに集中しました。
そして、安全なところまで来ると、姫は、召使いに話しかけました。
「あの者は、いったい何者なのでしょう?わたくしに瓜二つの顔をもつ、あの者は。」
召使いは、何かを言いかけて口を閉じ、それからまた、口を開きました。
「姫さま。姫さまは、そのことを、本当に、お知りになりたいとお思いですか。」
「ええ。本当に、知りたいのです。ずっと、疑問に思っていたのです。血のつながりもないというのに、わたくしと、瓜二つの顔をもつ者が、この世に存在しうるのだろうかと。」
「たとえばその事実が、姫さまにどんな衝撃を与え、またどんなにうちひしがれることになろうと、それでもお知りになりたいのですか。」
「そうです。わたくしは、このままでは、本当にここを去ることができないような気がするのです。」
召使いは、少しの間、ためらっていましたが、やがて話しはじめました。
「むかし、家来や召使い、女中たちの間で、かたく口止めされたことがありました。それは、ある一人の女中と、……王さま、つまり、あなたさまのお父さまとの関係についてです。王さまは、ある美しい女中を見初められ、もちろんお后さまにも、誰にも内緒で会っていました。そして、そのうちに、女中は、いつの間にか城を去っていましたが、わたくしたちには、わかっていました。その女中は、王さまの子を身ごもったために、大金でも持たされて、暇を出されたのだろう、と。」
姫には、それがどういうことか、よくわかりました。
この事実は、確かに、姫に大きな衝撃を与えました。
父が、母を裏切っていたということを、そのままに受けとめるには、たくさんの時間が必要なように思われました。
けれども、それと同時に、さっき彼が言ったことの意味もわかりました。
城はもはや、自分がいるべきところではないとは、まさに、そのとおりだったのです。
母親こそ違えども、父親を同じくする、つまり、この国の王の血を継ぐ娘が、自分だけではなく、もうひとりいたということは、自分だけが、国の運命に責任を負うべき唯一の存在ではないということになるのです。
そう思ったとき、一歩一歩、前へ向かって進んでいた姫の足が止まりました。
「姫さま?」
召使いは、驚いて言いました。
姫は、言いました。
「わたくしは、やはり、戻ります。あなたのご好意には、本当に、感謝の言葉もありませんし、ご恩は決して忘れません。ですが、このことで、あなたが罪に問われないとは思われません。それに、かりにも、お父さまの血を継いだ者が、いまや姫となっているのです。その者が、わたくしのかわりに結婚したとしても、国の未来については、何の問題もないはずです。ならば、せめて、父と母に殺されるのが、わたくしに残された、たった一つの、大切なつとめなのではないのでしょうか。」
姫の言葉を聞いた召使いは、とても悲しい顔をしました。
「ああ、ですから、事実をお伝えするのが躊躇されたのです。幼いころから、あなたさまはそうでした。お言葉は少なく、その分、お心の底には、とても言葉などではあらわしきれないほどのお気持ちと、ご意志をおもちでした。そのようなお方が、魔物として葬り去られ、何の真実も明かされぬまま、偽者がこの国の舵を取るとなれば、それは、正しいことではありません。ですから、姫さま、たとえお城ではなくとも、あなたさまには、どこかで生きていていただきたいのです。あなたさまのようなお方が、実の親に殺されることなど、絶対に、あってはなりません。それは、王さまとお后さまの罪を、重くしてしまうことにもなります。あるいは、そんなことになってしまっては、わたしは、息子に顔向けできません。」
《第17話へ つづく》