むかしむかし、ある国に、それはそれは美しい、王子さまがおりました。
王とお后の愛を受けて、すくすく育った王子は、十五の誕生日を迎えたばかりでした。
彼は、少年の頃から、家来も連れず、何も言わずに、ひとりで出かけていくことを大変好みましたが、そのせいで、王とお后から、よく叱られました。
ですが、そのたびに、王子は、こんなふうに言うのです。
「お父さまや、お母さまが、わたくしのことを、どれほど愛しんでくださっているか、よくわかっているつもりです。けれども、わたくしは、いずれこの国を治めねばならぬ身。知らねばならぬことは、山ほどあります。そのためには、この地位に守られるばかりでは、何も知ることができません。ですから、心のおもむくまま、王たるものの道を求めて、外の世界を、歩きまわってみたいのでございます。どうか、いましばらく、わたくしのわがままを、お許しいただけないでしょうか。」
そう言って、王子が、深い瑠璃色の瞳をあげると、王とお后は、もうそれ以上、何も言うことができないのでした。
そして王子は、またもや、あちらの森へ、こちらの深山へと、出かけていくのでした。
ひとり、野辺で、簡単な仕掛けを作っては、それに動物たちが引っかかるのを見るのが、とにかく楽しくてたまらなかったのです。
あるときには、子鹿を一頭、肩に担いで帰ってきて、城のものたちを、大変驚かせたこともありました。
それに、王子が出かけていくのは、野山ばかりではありませんでした。あちらこちらの村のものたちが、それぞれ自慢の品や獲物を持ち寄って開く、大きな市場、それに、荒くれた男どもが集まって、喧嘩やこぜりあいもご愛敬の酒場まで、とにかく、王子の姿を見たことがないものなどいないというほど、王子は、方々へ出かけていったのです。
また、王子は、城の外へ出るとき、服装に気を配ることを忘れませんでした。
野山の動物たちは、王子の服装などまったくかまいませんが、村の人々は、そうはいきません。
高貴な身分のものらしい、立派な身なりで出かけていっては、村人たちは、驚きおそれ、ちやほやして、少しも王子を自由にしてはくれないでしょう。
何ごとも、特別あつかいされてしまっては、ものごとを、本当に楽しむことはできません。
ですから、王子は、使用人のように地味で目立たない服を着て、帽子の下に、金色の巻き毛を隠して、出かけていったのです。
さて、とある村に、ひとりの娘がおりました。
娘の家は、村の中でも大変貧しく、そのため娘は、朝から晩まで、近隣の家々をまわって家事の手伝いをしたり、家畜の世話をしたり、ときには、大きなお屋敷のお手伝いをしたりして、家計を助けていました。
そんな娘の、唯一の楽しみは、時折催される村の市(いち)場(ば)で、きれいな色の石や、それを麻縄で編み込んだ首飾り、金や銀に光る腕輪、動物の皮で作られた小さな人形、動物の彫り物など、めずらしい品々を、見てまわることでした。
お金がなくて、何も買えなくとも、それらのものを、ただ見てまわるだけで、苦しい生活や慌ただしい日常を、ほんのひとときでも、忘れることができたのです。
その市場には、王子もよく訪れていました。
王子は、身なりは質素で貧しいこの娘を、一目見たとき、胸の高鳴りを感じました。その次には、まるで、ぶどう酒でも飲んだように、からだが熱くなり、足は、こわいときのようにすくんでしまって、動かないのです。
娘は、栗色の長い髪を、三つ編みにして両耳の横に垂らし、そのハシバミ色の瞳を輝かせて、そこに立っていました。
以来、王子は、娘のことが忘れられなくなってしまったのです。
《第2話へ つづく》