他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第2話

 

 それからというもの、王子は、足しげく、その村へ、通うようになりました。


 どう猛な、獣たちの前でも、荒々しい男たちの前でも、こわいもの知らずだった王子が、たったひとりの娘の前では、ウサギよりも臆病になりました。


 娘が、市場で、青い石のついた首飾りを手にとって、じっとみつめ、もとの場所へ戻したとき、王子は、ようやく機を得たように思いました。

 持ち合わせていたわずかなお金で、その首飾りを買い求めると、急いで娘のあとを追ったのです。

 

 王子が呼び止めると、娘は振り返り、あの瞳で、不思議そうにみつめました。

 その途端、王子は、顔が熱くなって、もはや、何を言ったらよいのか、わからなくなりました。


 「……あの、これを、そなたに。」

 

 王子は、はじめて、自分で自分を、疑いました。

 父と母の前でも、誰の前でも、ものおじせずに、お腹の底から、はっきりと声を出すことのできた自分は、どこかに去っていました。


 「欲しかったのでしょう?……きっと、そなたに似合うと………」


 勇気をふりしぼって、差し出した首飾りに、困惑する娘を見ると、王子は、それ以上、何も言えなくなってしまいました。

 

 娘は、うつむいて、小さな声で言いました。


 「お気持ちには、感謝します。ですが、わたしには、そんな贈りものを受けとる理由がありません。」


 そう言うと、娘は、軽く会釈をして、足早に去ってしまいました。

 

 はじめて聞いた、娘の声は、鈴の音のように心地よく、王子の耳に響きました。

 しかし、彼は、今までにない切なさと痛みを感じて、その場に立ち尽くし、娘の去ったあとを、ただみつめるばかりでした。


 野辺の狩りで学んだ仕掛けや罠は、何の役にも立ちませんでした。

 それどころか、相手の欲しいものをエサにして、その心を得ようとした自分に、王子は、ひどい嫌悪を感じたのです。

 

                             《第3話へ つづく》