それからというもの、王子は、足しげく、その村へ、通うようになりました。
どう猛な、獣たちの前でも、荒々しい男たちの前でも、こわいもの知らずだった王子が、たったひとりの娘の前では、ウサギよりも臆病になりました。
娘が、市場で、青い石のついた首飾りを手にとって、じっとみつめ、もとの場所へ戻したとき、王子は、ようやく機を得たように思いました。
持ち合わせていたわずかなお金で、その首飾りを買い求めると、急いで娘のあとを追ったのです。
王子が呼び止めると、娘は振り返り、あの瞳で、不思議そうにみつめました。
その途端、王子は、顔が熱くなって、もはや、何を言ったらよいのか、わからなくなりました。
「……あの、これを、そなたに。」
王子は、はじめて、自分で自分を、疑いました。
父と母の前でも、誰の前でも、ものおじせずに、お腹の底から、はっきりと声を出すことのできた自分は、どこかに去っていました。
「欲しかったのでしょう?……きっと、そなたに似合うと………」
勇気をふりしぼって、差し出した首飾りに、困惑する娘を見ると、王子は、それ以上、何も言えなくなってしまいました。
娘は、うつむいて、小さな声で言いました。
「お気持ちには、感謝します。ですが、わたしには、そんな贈りものを受けとる理由がありません。」
そう言うと、娘は、軽く会釈をして、足早に去ってしまいました。
はじめて聞いた、娘の声は、鈴の音のように心地よく、王子の耳に響きました。
しかし、彼は、今までにない切なさと痛みを感じて、その場に立ち尽くし、娘の去ったあとを、ただみつめるばかりでした。
野辺の狩りで学んだ仕掛けや罠は、何の役にも立ちませんでした。
それどころか、相手の欲しいものをエサにして、その心を得ようとした自分に、王子は、ひどい嫌悪を感じたのです。
《第3話へ つづく》