他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第3話

 

 娘の方は、足早に歩きながら、頭の中を、いろいろな思いがよぎるのに、耐えていました。

 

 あの首飾りは、ずっと前から、欲しくてたまらなかったものでした。

 それを、「あげる」と、目の前にぶらさげられたのですから、本当に、喉から手が出るようでした。

 

 しかも、それを差しだした相手というのが、他でもない、あの少年だったのですから、なおさらです。

 


 娘は、年の頃、自分と同じくらいの少年を、市場で最初に見かけたとき、この人は、ほかの誰とも違う、この世にたったひとりしかいない人だと、強く感じたのです。

 

 目(ま)深(ぶか)に被った帽子からのぞく、紺碧の瞳の、まっすぐなまなざしは、どんな宝石よりも尊く、美しく見えました。娘は、この少年を見かけるたび、気もそぞろになり、とても平静を保っていられませんでした。

 その少年が、思いがけず、声をかけてきたものですから、心臓が飛び出しそうなほどどぎまぎして、恥ずかしくて、その場にいたたまれなかったのです。

 

 冷たい石畳の上で、足を止めたとき、どうして、あんなにそっけなくしてしまっただろうと、娘は、ひどく悲しくなりました。

 

 ですが、娘と王子の間には、分かちがたい縁と、時の運が、味方についていました。

 

 互いに後悔の念を抱き、引きつけられるようにして、再び、村の市場で出会ったとき、二人は、お互いの目に、同じ表情が浮かんでいるのを見てとりました。

 そして、どちらからともなく、おずおずと歩み寄ると、お互いを、みつめあったのです。そこに、言葉はいりませんでした。


 それからというもの、王子の見る世界も、娘の見る世界も、明るい光と、あざやかな色とに、満ちあふれました。


 娘は、王子よりも、二つ年上でした。

 日々の厳しい暮らしは、娘の繊細な手肌も髪の毛もいじめぬきましたが、その心だけは違いました。

 ハシバミ色の瞳の中には、王子がこれまで見たことのないほど、たくさんの秘密と真実とが隠されていました。


 

 その日以来、娘の胸もとには、王子が贈ったあの青い石の首飾りが、いつもゆれていました。

 王子は、たびたび娘のところへ出かけていっては、一緒に家畜の世話をしたり、空いた時間には、楽しい語らいにふけり、一日一日が、あっという間に過ぎていったのです。

 

                             《第4話へ つづく》