娘の方は、足早に歩きながら、頭の中を、いろいろな思いがよぎるのに、耐えていました。
あの首飾りは、ずっと前から、欲しくてたまらなかったものでした。
それを、「あげる」と、目の前にぶらさげられたのですから、本当に、喉から手が出るようでした。
しかも、それを差しだした相手というのが、他でもない、あの少年だったのですから、なおさらです。
娘は、年の頃、自分と同じくらいの少年を、市場で最初に見かけたとき、この人は、ほかの誰とも違う、この世にたったひとりしかいない人だと、強く感じたのです。
目(ま)深(ぶか)に被った帽子からのぞく、紺碧の瞳の、まっすぐなまなざしは、どんな宝石よりも尊く、美しく見えました。娘は、この少年を見かけるたび、気もそぞろになり、とても平静を保っていられませんでした。
その少年が、思いがけず、声をかけてきたものですから、心臓が飛び出しそうなほどどぎまぎして、恥ずかしくて、その場にいたたまれなかったのです。
冷たい石畳の上で、足を止めたとき、どうして、あんなにそっけなくしてしまっただろうと、娘は、ひどく悲しくなりました。
ですが、娘と王子の間には、分かちがたい縁と、時の運が、味方についていました。
互いに後悔の念を抱き、引きつけられるようにして、再び、村の市場で出会ったとき、二人は、お互いの目に、同じ表情が浮かんでいるのを見てとりました。
そして、どちらからともなく、おずおずと歩み寄ると、お互いを、みつめあったのです。そこに、言葉はいりませんでした。
それからというもの、王子の見る世界も、娘の見る世界も、明るい光と、あざやかな色とに、満ちあふれました。
娘は、王子よりも、二つ年上でした。
日々の厳しい暮らしは、娘の繊細な手肌も髪の毛もいじめぬきましたが、その心だけは違いました。
ハシバミ色の瞳の中には、王子がこれまで見たことのないほど、たくさんの秘密と真実とが隠されていました。
その日以来、娘の胸もとには、王子が贈ったあの青い石の首飾りが、いつもゆれていました。
王子は、たびたび娘のところへ出かけていっては、一緒に家畜の世話をしたり、空いた時間には、楽しい語らいにふけり、一日一日が、あっという間に過ぎていったのです。
《第4話へ つづく》