「おまえがここへ来ることは、ずっと前から、わかっていたよ。」
そう言った魔女の、銀色の瞳は、おそろしく澄んで美しかったので、娘は思わず、息をのみました。
吸い込まれそう、とはこのことです。
まるで、高い断崖の上に立ち、底の底まで見通せる、透明で深い水を見ているような気持ちになりました。
「気をつけなさい。」
魔女の言葉に、娘は、はっとわれに返りました。
「それ以上見ると、死にたくて、たまらなくなってしまうよ。おまえは、王子の命を助けてほしくて、ここへ来たんだろうに。」
「………ええ、ええ、そうです。」
娘は、あわてて目をそらすと、言いました。
「おばあさんの、おっしゃるとおりです。どうか、どうか急いで、お願いしたいのです。」
「それは、このわたしにとっちゃ、まったく、わけもないことだが。しかしその前に、忘れてはいけない、大切なことがあるよ。おまえは、何とひきかえに、私にたのみごとをもってきたんだい。それをまず、おしえてくれなくてはね。」
娘は、おそろしさのあまり、どきどきする心臓を、抑えつけるように、胸に手をあてて、言いました。
「………わたしの、命です。どうか、わたしの命を、とってください。」
「ほう。命ねぇ!」
魔女は、森に生えた木々が、根こそぎふるえるような声をあげて、笑いました。
「あいにくだがね、命はもう、じゅうぶん間に合っているんだよ。捨てるほどね。ほら、見てごらん。」
魔女が、そでをさっとひとふりすると、あやしげな本がいっぱいつまった書棚が消えて、たくさんの、小さな小瓶に入った炎が、ゆらゆらゆらめいているのが見えました。
「命など、おしくもないわ、くれてやる。そう言って、ここへ打ち捨てて、たのみごとをする者など、おまえのほかにもおおぜいいるのさ。わたしはときどき、不思議に思うくらいだよ。あれほど、命、命と言いながら、実際、命にかえてもいいものは、山ほどあると見える。………だから、わたしはもう、そんな価値のないものなど、これ以上ほしくないんだよ。」
それをきいて、娘は、すっかり困ってしまいました。
《第8話へ つづく》