他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第7話

 

「おまえがここへ来ることは、ずっと前から、わかっていたよ。」


 そう言った魔女の、銀色の瞳は、おそろしく澄んで美しかったので、娘は思わず、息をのみました。

 吸い込まれそう、とはこのことです。

 まるで、高い断崖の上に立ち、底の底まで見通せる、透明で深い水を見ているような気持ちになりました。


 「気をつけなさい。」

 

 魔女の言葉に、娘は、はっとわれに返りました。

 

 「それ以上見ると、死にたくて、たまらなくなってしまうよ。おまえは、王子の命を助けてほしくて、ここへ来たんだろうに。」
 「………ええ、ええ、そうです。」

 

 娘は、あわてて目をそらすと、言いました。


 「おばあさんの、おっしゃるとおりです。どうか、どうか急いで、お願いしたいのです。」
 「それは、このわたしにとっちゃ、まったく、わけもないことだが。しかしその前に、忘れてはいけない、大切なことがあるよ。おまえは、何とひきかえに、私にたのみごとをもってきたんだい。それをまず、おしえてくれなくてはね。」


 娘は、おそろしさのあまり、どきどきする心臓を、抑えつけるように、胸に手をあてて、言いました。


 「………わたしの、命です。どうか、わたしの命を、とってください。」
 「ほう。命ねぇ!」


 魔女は、森に生えた木々が、根こそぎふるえるような声をあげて、笑いました。


 「あいにくだがね、命はもう、じゅうぶん間に合っているんだよ。捨てるほどね。ほら、見てごらん。」


 魔女が、そでをさっとひとふりすると、あやしげな本がいっぱいつまった書棚が消えて、たくさんの、小さな小瓶に入った炎が、ゆらゆらゆらめいているのが見えました。

 

 「命など、おしくもないわ、くれてやる。そう言って、ここへ打ち捨てて、たのみごとをする者など、おまえのほかにもおおぜいいるのさ。わたしはときどき、不思議に思うくらいだよ。あれほど、命、命と言いながら、実際、命にかえてもいいものは、山ほどあると見える。………だから、わたしはもう、そんな価値のないものなど、これ以上ほしくないんだよ。」

 
 それをきいて、娘は、すっかり困ってしまいました。

 

                             《第8話へ つづく》