他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第8話

 

 「では、いったい何を……。わたしはいったい、何をさしあげればよいのですか。」

 「そうだねぇ………。わたしが欲しいのは……。おまえが、これから一生のうちに受けるだろう、喜びと、幸せと、満足。そうだ、それがいい。」

 「わたしが、これからの人生で受けることのできる、喜びと、幸せと、満足………」

 「そうだよ。それをすべて、わたしによこすというのなら、間違いなく、王子の命はたすけてやろう。ただし、おまえはこれから、暗い悲しみや、不幸、苦しみばかりのうちに、一生をおくることになるよ。………どうだい?」


 魔女は、娘の困惑ぶりを見て、楽しむように、意地悪く、歯の奥で、ひそかに笑いました。

 

 娘は、考え込んでしまいました。

 

 というのも、娘はいままで、この世に、命ほど大切なものはない、と思ってきたからです。

 

 それがどうでしょう。目の前でゆれる、百ほどもあるはかなげな炎となった命たちは、すべて、何かの願いごととひきかえに、ここへおいていかれたというのです。

 

 それを見れば見るほど、暗い悲しみや、不幸、苦しみばかりのうちに生きることは、ひとおもいに命を奪われることよりも、ひどくつらいことのように思われてきて、娘は、くじけそうになりました。


 しかし、娘は、誰よりもまっすぐな心を、自分へ向かってひらいてくれた王子の瞳を思い出しました。

 

 それで、娘は、この魔女に、自分の一生分の喜びと幸せと満足を、すべて譲りわたす決心をしたのです。

 


 「わかりました。おばあさんの言うとおりにします。ですから、どうか、王子さまの命を、助けてください。」

 


 娘は、祈り、懇願するように、ひざをつき、魔女に頭を下げました。

 


 魔女は、それを見て、面白くもなんともない、というように、ふん、と鼻をならして言いました。

 


 「では、明日の晩、おまえは必ず、ひとりで眠らなくてはいけないよ。部屋に、他の誰もいてはならない。真夜中になると、おまえの足もとから、ひたひたと、冷たく重い、どす黒いものが近づくのを感じるだろう。そのものが、おまえの足先にふれさえすれば、取り引きは成立。なに、痛くもかゆくもない。ほんの一瞬、ひやりとするだけでおしまいさ。そうすれば、間違いなく、王子の命は助かる。わたしは、約束だけは、破ったことがないからね。」

 

                             《第9話へ つづく》