他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第9話

 

 森をあとにした娘は、それだけで、すべてを奪われたように、胸の底が、冷たくなる思いでした。

 

 そして、約束の「明日の晩」、はすぐに来てしまい、娘は、魔女に言われたとおり、部屋には誰も入れず、ひとりで床につきました。

 

 いつもは疲れ果てて、床(とこ)につくと同時に寝入ってしまうのですが、その晩ばかりは、不安とおそれがつのり、まんじりともしませんでした。

 


 やがて、真夜中になりました。

 すると、魔女の言ったとおり、足もとから、得体の知れない、冷たくて重い、どす黒い何ものかが、ひたひたと、近づいてくるのを感じました。

 


 そのものが、ついに、娘の足先にふれようとしたときです。

 娘は、ぞっとするような、激しい恐怖にかられて、思わず、寝床から跳ね起き、足を引っ込めてしまいました。

 

 

 これで、自分の一生分の喜びと幸せと満足が失われてしまう、と思ったとき、あまりにも、おそろしくなってしまったのです。

 

 


 翌朝、王子の早すぎる死が、国中に伝えられました。

 

 娘が魔女との約束を破ってしまったために、王子の命は、救われなかったのです。

 

 

 

 それからというもの、娘は、一日一日を、泣いて暮らしました。

 

 あの晩、自分の喜びと幸せと満足などという、とるに足らない、つまらないものを捨てられなかったために、王子を見殺しにしてしまったと、どんなに悔やんでも、悔やみきれなかったのです。

 

 そのうちに、娘は、そのハシバミ色の瞳を輝かせて笑うということを、すっかり忘れてしまいました。

 

                            《第10話へ つづく》