他人の星

déraciné

『エレファント・マン』(2)

北極星”をめぐって

 

 この映画の主人公は、確かに、エレファント・マン(ジョン・メリック)なのですが、彼は、ほとんど動かない“北極星”であって、裏主人公、つまり、見世物小屋に入れられているのは、彼のまわりの人間たちの方だったのではないのでしょうか。

 

 ジョン・メリックは、興行師バイツの手から、外科医トリーブスによって救われ、やがて病院の中に自分の居場所を与えられます。

 

 ところが、病院の用務員をしている男が、自分の仲間から金を取ってメリックを見世物にし、そこへ紛れ込んでいた興行師バイツによって、再び連れ戻されてしまいます。

 

 ですが、見世物小屋の仲間たちによって運よく逃がされ、再び病院へ戻ります。

 


 メリックが、病院に保護された当初、ものを言わなかったり、おどおどしたりしたのは、おそらく、興行師バイツによる虐待のみならず、その容姿ゆえに遭ってきた、数々の惨い仕打ちによるものでしょう。

 けれども、外科医トリーブスをはじめ、理解してくれる人々の中で、徐々に警戒と防衛を解いていき、人間であることを主張するようになります。

 そうしたことも含めて、メリックは、知的好奇心と教養をもつ、ごく普通の人間だといえるのではないでしょうか。

 

 奇異な行動を取っているのは、むしろ、メリックのまわりにいる人間たちの方なのです。

 

 たとえば、興行師バイツは、メリックの怪物のような外見が“カネ”になる「宝物」であるゆえ、彼を手放したがらず、外科医トリーブスに自分の宝を奪われて激昂します。

 

 外科医トリーブスは、初めのうちこそ、医者として、彼の醜貌に畏怖を感じ、研究対象として学会で見せびらかすのですが、やがて、その外見に反して穏やかで礼儀正しい彼に愛着と憐憫を感じるようになり、病院へ、彼を保護するよう積極的に働きかけます。


 トリーブスは、いわば「知恵の実を食べた」知性の人であり、自分のしていることは、あの興行師バイツと同じことではないか、「私は善人か、悪人か」と、妻の前で問います。


 メリックのことがあって以来、病院は繁盛し、トリーブスに診てもらいたがる患者が増え、それが彼の生活をより豊かにしたからです。

 


 ですが、冷静な彼でさえも、用務員の男のせいで、再びメリックが興行師に連れ去られたことを知ると、激怒して、彼に襲いかかろうとします。

 

 そして、病院長カーゴムは、聖書の詩篇を暗唱し、自発的会話が可能なメリックに“人間性”を見出し、彼のようすを(病院の評判を考えてのことでしょう)雑誌に投稿したことによって、多くの人が、「エレファント・マン」の存在を知ることになります。

 

 舞台女優のケンドール夫人は、“一目見れば誰もが恐れをなす”メリックを、親切心と個人的興味からたずね、自分のサイン入り写真と『ロミオとジュリエット』の本、それに、“キス”をプレゼントし、最後には、自分の舞台へ招待し、観衆の前で、彼を、「特別な人」だと紹介します。

 

 ケンドール夫人のような、当世の著名人が彼を訪れたことによって、やがて、社交界では、メリックに会いに行くことが流行になります。

 

 

 病院の、そうした“慈善”活動には、王室さえも興味を示し、メリックは、病院の中に終の棲家を得ることになるのです。

 

                             《(3)へ つづく》