《前回までのあらすじ》
お城の王子と貧しい村娘は、偶然の出会いから恋に落ちますが、王子の将来を案じた王とお后によって、王子は、塔の上の部屋に閉じ込められてしまいます。
自由を奪われた王子は死病にかかり、村娘は、自分の一生分の喜びと幸せと満足とひきかえに王子を助けてくれるよう、魔女に頼みますが、その約束を果たすことができず、王子は命を落とします。
ですが、それから十年後、王子は生き返り、王子が亡くなったものとしてことがすすめられていた城は、大騒ぎになりました。
まつりごとの混乱をおさめ、国の安寧を守るためには、王子を殺すしかないと、王とお后が話していたところを、年老いた召使いがきいてしまったのです。
老いた召使いは、あまりのおそろしさにふるえながら、ただちにそれを王子に伝えました。
王子は、自分が生きて帰ってきたことで、かえって父や母に迷惑をかけ、問題を複雑にしてしまったことに、何ともいいようのない思いを抱えていました。
そこへ、ほかでもない、父と母が企てている自分の毒殺話をきき、両親の自分へのゆがんだ愛情を思って、苦しい涙を流しました。
「わたしにはわかる。父君も、母君も、ただ人間らしく弱いだけなのだ。わたしのなかにも、父君と母君と同じ弱さがある。あるいは、そこまで追いつめてしまったのは、このわたしであるとも考えられよう。いいや、それすら自惚れにすぎぬかもしれぬ。いったい、だれが何を責められるというのだろう?ときの流れは、つねに生者とともにある。死者は、もはや、その流れの中にはいない。一度死んだこのわたしが、ときの流れに干渉することは、もとからかなわなかったのだ。ああ、わたしは、よみがえってしまったわたしの運命を、深くのろう。誰のものでもない死の眠りが、いまとなってはなつかしい。ときの流れもいかなる思いも、ものみなすべてをのみこむ死の眠りが。しかしまた、ふたたび死におもむく苦痛を思うと、おそろしいのも事実。だが………」
王子は、夜も眠れず苦悶したあげく、自分がもうこれ以上、城へとどまるべきではないということを、はっきりと理解しました。
そこで王子は、次に雨の降った夜、城を去ることにしたのです。
死という、逃避への欲求と、そのおそろしさとのあいだでゆれうごき、生か死か、選ぶことのできなかった王子は、ただ流れのままにまかせることに決めました。
もし、王子が生きのびる命ならば、雨は、血と息の痕跡のすべてを洗い流し、追っ手から守ってくれることでしょう。
また、もし、王子が死にゆく命ならば、雨は王子の体温を奪い、あまり苦しまぬうちに、意識を遠い彼方へ連れ去ってくれることでしょう。
《第15話へ つづく》