他人の星

déraciné

帰ってきたウルトラマン『悪魔と天使の間に……』(1)

“罪な可愛さ”

 

 他者や、ものに対する“ほめ言葉”として使われるものに、「かわいい」という言葉があります。

 

 言われた側が、どう感じるかはともかく、この言葉は、「かわいい」、と言った側にも、少なくはない“快感”をもたらすところが、不思議だと思います。

 

 愛することが可能である(できる)、と書いて、「可愛い」。

 人によって、その対象は様々だと思います。


 可愛い仔犬。可愛い仔猫。可愛い子ども………。

 

 動物学者、コンラート・ロレンツによる「幼児図式」、というものがあります。

 動物の子どもは、共通して、「可愛い」特徴をもつのです。

 たとえば、全体的に顔が小さく丸く、額が広く、眼がくりくりしていて、大人は、そういう特徴もつものを見ると、守ってあげなければ、世話をしてあげなければ、と思うようになる、というのです。

 

  小さくて、弱くて、信じて頼ることのできる誰かや、世話をしてくれる誰かがいなければ、その命さえ、いとも簡単に奪われてしまうそうな、はかなげなそのようすに、人がもともともっている、「必要とされたい」気持ちが、刺激されるのでしょうか。

 誰かが自分を必要としている、ということは、それだけで、自分の価値を高めてくれるので、快を感じやすいのです。

 

 帰ってきたウルトラマン第31話『悪魔と天使の間に……』、その冒頭で、少女と少年が、手をつないで、スキップをして現れます。


 少女は、MATの伊吹隊長の娘の美奈子、そして、少年は、彼女が教会で知り合った輝夫という、障害をもつ子どもです。

 意図的に、子どもの純真さと、何ものにもけがされない無垢さ、つまり、「かわいさ」のイメージが、前面に押し出されているのです。


 言語を話せないハンディキャップをもつ(ということになっている)輝夫は、美奈子の隣で、テレパシーを使い、郷(帰ってきたウルトラマン)だけに語りかけます。
 自分の目的は、ウルトラマンを倒すことで、そのために、地球人が大切にしてくれる「子ども」の姿を借り、美奈子や、人間の子どもに対する優しさを利用していること、そして、怪獣プルーマを倒したときが、ウルトラマンの最期だと言い放つのです。
 郷は、怒りを感じて、輝夫に襲いかかりますが、気でも狂ったかと、MATや周りの人々から取り押さえられます。


 郷は、隊長に、輝夫は宇宙人で、自分だけにテレパシーで話しかけてきたと言いますが、自分がウルトラマンであるとあかすことになるため、納得のいく説明をすることができないのです。

 

                             《(2)へ つづく》