家庭内殺人、一人目の犠牲者
葛城家の過去の回想で、この家族の、おそらくもっとも「幸せ」だったであろう時代の場面が描かれます。
父・清は、「家」を建て、一国一城の主となり、息子たちが生まれた記念に木を植えたと、家に招いた近所の友人たちに、誇らしげに話をします。
開放された隣の部屋では、母・伸子もまた、清と同じように、友人たちと談笑しています。
近くには、まだ幼い息子たちがいて、保は、居心地悪そうに、「もう部屋に行っていいか」と母にきき、その横で、稔は、電車のおもちゃで遊んでいます。
「幸せな家族」を絵に描いたような場面です。
前途有望な息子たちの未来に期待をかける父、自分の部屋に引っ込みたいという保に、「自分の部屋があるのが嬉しくてたまらない」からそんなことを言うのだと友人たちに話す、若々しい母。
しかし、葛城家に漂うぎこちない空気を栄養に、子どもたちは、決して親の思いや期待どおりではない人格や人生をつくりあげていきます。そして、それぞれに、自分の力ではどうしようもない自分自身を抱えつつ、生きていかなければならなくなるのです。
保は結婚し、二人目の子どもが生まれてこようとしているときに、リストラされ、再就職しようとしますが、彼の内気で気弱な性格が災いしてか、いっこうに就職先が決まりません。
彼は、そのことを、妻にも誰にも言えず、ついに自殺してしまいます。
保の葬式で、母・伸子は、まったく関係のない話をして笑い、強硬な夫との関係の中で、彼女の精神が、もはや限界に近いことを感じさせます。
彼女は、保がまだ生きていた間に、夫に何も言わずにアパートで一人暮らしをはじめるのですが、保の密告により清にみつかり、家に連れ戻されてしまうのです。
そのとき、清は、引きこもりで、母親依存の稔を「お前は、もうだめだ」と殺そうとします。
子どもは「親のもの」であって、社会に適応できない子どもを始末するのも、親の大切な役割だと言わんばかりの清は、子どももまた親とは違う一個の人格をもって生きている人間だということなど、思いもしないのです。
保の葬式で、保の妻と顔を合わせた母・伸子は、「どうして気づいてあげなかったの?家族なのに。あなたのせいよ」と言いますが、妻は、「どうしてこうなったか、それを知っているはずだ」と言い返します。
保の、おどおどして、緊張しやすい、慎重すぎる性格は、たしかに、葛城家の中で生きていくために必要だからこそ獲得された、自己防衛のためのスキルなのでしょう。
父親からの“攻撃”を未然に防ぐためには、素早く場の空気を読み、父の望まない反応や行動はしないに限るからです。
けれども、彼のそうした性格は、社会との間では、齟齬をきたしてしまったのです。
保は、求職中、一度、清に、「(清が営む)金物屋を継ごうかな」、と言いますが、それもすげなく却下されます。
「ぱりっとしたスーツを着て、立派なサラリーマンをやっている」ものだとばかり思っている父を前に、どうして真実を打ち明けることなどできたでしょう。
父親からがっかり失望され、叱られ、罵られるのも、おそろしかったはずです。
そういうわけで、保は、息を吸って生きる場所も、一時避難できる場所も失い、たとえ直接的ではなくとも、「家族に殺された」、一人目の犠牲者となってしまったのです。
《(3)へ つづく》