他人の星

déraciné

不謹慎、上等(4)

 

 小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)は、こう述べています。

 

 「日本帝国の軍事的復活―それが新日本の真の復活なのだ―は、日清戦争の勝利とともに始まった。戦争は終り、将来は曇って暗いけれども、それでも大きな希望を約束しているかに見える。それに、今度の戦争よりもさらに雄志をのばして、もっとずっと永続した成果をあげるために、どれほどの難関が横たわろうとも、日本はもはや危惧したり逡巡したりすることはないにちがいない。
 しかし日本にとって将来の危険はまさにこの途方もなく大きな自信のなかにあるともいえよう。それはなにも今度の勝利によって創り出された新しい感情ではない。それは一種の人種的国民感情で、戦勝の報せのたびにひたすら強められ高められてきたものである。」

            小泉八雲 『戦後に』(講談社学術文庫『日本の心』収載)

 


 当時、日本勝利の戦記物の週刊や月刊は全国津々浦々で飛ぶように売れ、仕掛け人形や玩具、版画、日清戦争の武勇談の芝居、忠君愛国の文字が記されたおびただしい数の提灯、勝利の栄光の記念物は、封筒や便箋のデザインから爪楊枝の束にまであしらわれ、何よりも、「万事は日本国民が希望し、かつ期待した通りに進んだ」のでした。

 

 実際その後、日本は、「大きな希望と途方もない自信」のうちに、「危惧も逡巡も」せず、「一種人種的国民感情」でもってお祭り騒ぎをしつつ、「日本国民が希望し、期待したとおりに」、確実に、破滅の道を邁進していくことになるのです。

 

 

 台風19号が近づいていたあの日、たくさんの人が、楽しそうに、かごやカートに食品を投げ込むスーパーで、私は、既視感にとらわれていました。

 それは、“懐かしい”とさえ思えるほど、今まで(今も)、飽きるほど見てきたもので、目の前に、小泉八雲の描写にあるような、お祭りの赤い無数の提灯が、ゆれて見える気がしたのです。
 

 次に、いつ、どんなところで、いつ誰が命を脅かされるか、実は、全く先の見えない「曇って暗い」状況の下、あの、たった一つのスーパーの中で繰り広げられていた光景もまた、同じものでした。

 そして、私もまた、その中で、わくわくしながら、店内を見回っていたのです。

 

 「いま、ここを生きろ」、という言葉があります。

 人間というものは、現状やその先の未来がどれほど悲惨なものであっても、どこかひどく楽観的なところがあって、「いま、ここ」の楽しみをさがして、隙あらば“お祭り騒ぎ”をしたい生きものなのではないのでしょうか。

 そして、それはおそらく、どれほど苛酷な状況であっても生きようとする、生きものの本能から発し、苦難を経験するたびになお鍛えられて、一層磨きのかかった、“生きる術”なのだろうと思うのです。

 

 辛い状況であればあるほど、その先がどうなるかなどは、ほとんど考えていないし、考えたくもないでしょう。

 考えても、ひどい心配と不安に苛まれ、「神経衰弱」に陥るだけですから。

 


 小泉八雲は、当時、その目で見て、最終的に日本がどんな姿になるのか、もうわかっていたのでしょう。

 そして、その言葉は、決して、過去の姿のみに焦点を当てられたものではありませんでした。

 

 日本は、その後、現在に至るまで、あらゆる意味で、戦争のつなわたりをやめようとはしなかったのです。

 

 

 「命を守る行動を取ってください」、というメッセージと裏腹の、「不謹慎な行動を慎め」という暗黙のメッセージは、戦時中でいえば、「国民に非(あら)ず」=「非国民」、という言葉と表裏一体をなしているように、私には感じられました。

 

 東京台東区で、避難所に避難することを断られたホームレスと、自分との間には、いったいれほどの距離があるのだろう?と思ったのです。

 

 もう少し、イメージを広げて考えてみると、たとえばカミュの『ペスト』で言うところの「病人」=ナチスドイツで言うところの「生きるに値しない人間」、あるいは、「不謹慎」な行動を取るもの=「非国民」だとするのならば、役に立たない(生産的でない)人間は、「命を守る権利行動」から排除される、という事態に、いつはっきりと発展するのだろう、あるいは、もうそうなっているのではないのか、という、底知れない恐ろしさを感じたのです。

 

 お祭り騒ぎをしつつ、うろたえつつ、不安を感じつつ、実際にドンパチやっていないから戦争をしていないわけではない今この瞬間(衣食住と命とを脅かされる人が絶えないという意味です)、そういう世の中で、お天気晴れ、布団を干して、コーヒーを飲み、平和な一日を過ごしている私がいます。

 

 つまり、そういう意味で言うのなら、私だって、“不謹慎”なわけです。

 

 けれども、こうしたことを「不謹慎」だというのなら、生きていること自体が「不謹慎」であり、つまり、生きるとは、不謹慎承知の上でのことなのではないのかと、私は思うのです。

 

 いつ、どこで、私が、私に身近な大切な人が、どんな目に遭うかは分かりません。

 

 そうした暗い不安の闇から、少しでも目をそらし、いまだけでも、何か面白いことをみつけて、ひだまりのようなあたたかさを感じていたい。

 そういう、ある種、人間的な性や習性が、大きな悲劇を生むことになっても、その大きな力の前に、人間は、あまりにも絶望的な無力さしか、誇ることができるものはありません。

 

  ………ただ。

 もし、いまここで、軽々しく言った、誰かを責める「不謹慎」、という言葉で、あらゆるすべての感情や意思を囲い、縛ってしまったとしたら?

 「不謹慎」、という言葉の先に、もっともっと膨大で重要な、「生きる自由」と生命の危険があるとしたら?

 その可能性が、少なからず、あるとしたら?

 

 人間は、その、人間らしい弱さゆえに、生きるためにどうしても必要とする、“あたたかいひだまり”すら、すべてなくしてしまうことになるかもしれない、と私は思うのです。

 

                                 《おわり》