他人の星

déraciné

想い

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       誰かが つくった 歌を うたい

       ぼくは 珈琲の 豆をひく

 

 
       ぼくの 耳に ぼくの 声

       ぼくは ぼくの 歌声になり

       それから

       ごりごり 豆が すれる 音 になる

       そして

       そう遠くない どこかで きこえる ピアノの音 になり

       やがて

       電車が 線路を轢きつつ 走っていく 音になる

 

 

       窓の外 ひろがる 空

       ぼくは 綿を ちぎったような 雲になり

       それから

       つる草の 若緑の 小さな葉になる

       そして

       ミルを まわす ぼくの 手に もどり

       やがて

       下に こぼれ落ちてる 豆の粉になる

 

 

       香ばしい 豆の香りに

       ぼくは

       きみの 長い黒髪を 思い出す

       困惑するようで 蠱惑的な

       濡れた 瞳

       鈴のような 笑い声

       声にならない ささやきが

       しずかに ほほを伝う 涙が

       ぼくを 責める

       あの日 きみは

       何を 思っていたのだろう

 

 

       ぜんぶ ぜんぶの 思い出が

       なだれのように ぼくを 襲う

       襲い ながら ぼく という なだれは

       また ぼくを 別の想いへと 押し流す

 

 

       いま ぼくが歌う この歌

       いったい どんな 想いの産物 なのだろう

       メロディが いたい

       たたみかける リズムが せつない

 

 

       ぼくは 琥珀色の 液体の上に 落ち

       この苦みを 味わいつくして

       底の見えない 混沌の 淵に立ち

       淹れたての 珈琲になって

       真白い カップ

       うずを巻いて 落ちていく