他人の星

déraciné

映画『象は静かに座っている』(2)

 

 

 さて、ここからはネタバレになりますので、ご注意ください。

 

 

この世の居場所のなくしかた ーチェンの場合ー

 

 映画は、高層マンションの一室の窓際に座り、タバコをふかすチェンの姿から始まります。

 

 彼は、自分の恋人に拒絶され、その勢いで、親友の妻と、一夜をともにしてしまったのです。

 

 彼は、言います。

 

満州里の動物園に、何にも興味を示さず、一日中、ただ座り続けている象がいる」。

 

 そして、突如帰宅した親友が、妻の不実と友の裏切りを知ってしまい、深い苦悩に、しばらくの間、目頭をおさえていたかと思うと、チェンの目の前で、投身自殺を遂げてしまうのです。

 

 チェンは、親友の絶望と死を引き起こしてしまった罪悪感に苦しみ、恋人に言います。

 

 「おまえが俺を拒むからだ。親友が死んだのは、おまえのせいだ」と。

 

 チェンは、ブーの学校のいじめグループのリーダー、シュアイの兄なのですが、両親に溺愛されている弟を好きではありません。

 

 ですが、「弟を殺されたからには何かしなければならない」という義理で動き、ブーをさがしあてますが、親友を殺してしまった罪悪感も手伝い、「俺みたいなクズにはなるな」と言って、逃がしてやるのです。

 

 

この世の居場所のなくしかた ージンの場合ー

 

 ブーと同じ集合住宅に住むジンは、自分の娘夫婦から、子どもの教育にお金をかけたいから、教育に有利な場所へ越したい、けれどもお金があまりないから、広い場所は借りられない、手狭になるから、老人ホームへ入ってくれないかと言われます。

 

 ジンは、これを拒み、人生の終末に、ささやかな喜びと生きがいをもたらしてくれている小さな犬との散歩に出かけますが、大きな迷い犬に襲われ、彼の小さな犬は死んでしまいます。

 

 「死んでよかったのよ」、と心なく言い放つ娘に、ジンは、半ばあきらめとともに、老人ホームを見学に行きます。

 

 そこでジンは、いらないゴミのように、老人ホームに“捨てられ”、何のあてもなく、することもなく、ただふらふら漂う、魂のぬけがらたちを目にします。

 

 老人ホームに入るくらいなら、と思ったのでしょう。 

 

 ジンは、自分になついている孫娘をひそかに“さらい”、「満州里の動物園にいる、一日中ただ座り続けている象」を、一緒に見に行こうとします。

 

 

この世の居場所のなくしかた ーブーの場合ー

 

 ブーは、ジンと同じ集合住宅に、母親が洋服を売って得るわずかな収入を頼りに暮らしています。父親は、足に大けがを負っており、思うように動けず、働くこともできない鬱憤を晴らすかのように、息子に八つ当たりをします。

 

 学校では、いじめグループのリーダー、シュアイが、ブーの親友に、「自分の携帯を盗んだ」と言いがかりをつけ、(正当な理由はあるにしろ、それが本当であることを知らずに)、友人をかばい、もみ合ううちに、シュアイが誤って階段から落ち、死んでしまいます。

 

 彼は、唯一たよりとしていた祖母の家へ逃げますが、祖母は、誰にも知られずに、ひっそりと孤独死していました。

 

 逃げ場も行き場もなくなったブーは、同級生の少女リンに、「満州里の動物園で一日中ただ座り続けている象を、一緒に見にいかないか」、と誘うのです。

 

 

この世の居場所のなくしかた ーリンの場合ー

 

 母子家庭のリンの母親は、衣食住や清潔を気にとめる余裕もないほど、生活のために、身を粉にして働いています。

 「あんたのために買ってきた」と、朝から、つぶれてしまったケーキを娘のリンに食べさせるので精一杯なほど、彼女はくたくたに疲れ切っているのです。

 

 リンは、居心地のいい空間と、自分に優しくしてくれる人を求めて、学校の副主任と関係をもっているのですが、SNSによってその事実があかるみに出てしまい、家に押しかけてきた副主任とその妻を、野球のバットで殴り、逃げ出します。 

 

 一緒に満州里の象を見にいこう、というブーの誘いを、一度は断ったリンでしたが、唯一の居場所だった副主任を失い、一日中、何もせずにただ座り続けている象を見に行くことにするのです。

 

 

 

 この4人以外にも、唯一無二の友と信じていたチェンに裏切られて自殺した彼の親友、そして、一度は虚偽の事実を告げ、友を売ったものの、その罪悪感に耐えきれず、チェンに銃を向けてけがをさせた挙げ句、その銃で自殺したブーの親友もまた、この世での「居場所」を失った絶望によって、死を選んだのです。

 

 そのブーの親友は、自分で自分に銃口を向ける直前、こう言います。

 

 「この世界、ヘドが出る」。

 

 

 

 ブーやリンの通う学校は、近々閉校が決まっています。

 

 リンと関係をもつ副主任は、ブーに、「この学校は最低レベルだ、おまえたちには行く当てもないし、屋台でものを売って暮らしていくしかないだろう」と言う一方、「自分には、新しい学校での、もっと良い待遇と暮らしが待っている」、と言います。

 

 ですが、ブーは、副主任に、「どうしてそうだとわかる?」と返します。

 

 この副主任は、いたずらで、清掃担当の生徒を、バナナの皮で転倒させますが、その生徒は、ブーの前で、こんなことを言っていました。

 

 

 「世界は、一面の荒野だ」、と。

 

 

 

                              《つづく》