他人の星

déraciné

信号機と ヒグラシと 同調圧力

 

 

 

       絶対 必要ない ところに ついてる

       信号機って あれ

       どういうわけなんだろうって

       そこに 来るたび 

       思い出したように 思う

 

       まるで

       自然に 朽ち果てて 消滅するはずの

       いらない 配線の 一部が残ってる みたいな

       あるいは 廃墟の 一部 みたいな

 

       でもね みんな 赤信号のあいだ

       ついに 一台の車も 通らなくても

       ちゃんと 止まって 待ってるんだ

       

       そして

 

       二人 三人 四人…… と

       止まる人が 増えていくと

       自分ひとりだけ そこを 信号無視して

       歩いていけないんだよね

 

       “こういうのを 同調圧力 といいます”

       って 頭の中で 声がする

 

       “知ってるよ” 

       わたしは 心の中で くちびるを ぶっと 前に突き出す

       “大むかし 群れから離れて たった一人で 行動すると

       すごく 危険だったから その名残り

       だけど いまは 何だか 邪魔っけだね”

 

 

       夏の夕暮れ 帰り道

       かな かなかなかなかな って

       ヒグラシの 合唱が きこえてくる

       おのおの 好き勝手に 鳴いてるはず なのに

       みんな 調子が 合っていて

       リズムも きちっと きれいに

       そろってる 

 

       ずーっと じーっと 聞き入っていると

       耳のなか だけじゃなく

       頭のなか だけじゃなく

       体じゅうが ぜんぶ セミの声の 洪水になる

 

       空は 真っ赤な 雲の群れ

 

       それも じーっと ずーっと 見ていると

       目のなか だけじゃなく

       頭のなか だけじゃなく

       体じゅうが ぜんぶ 赤の 洪水になる

 

       

       そのとき

       まわりの 人たちの 頭が

       泳ぐように 動き出した

 

       歩行者信号 青に なったんだ

 

       じゃ 向こう岸に 渡ろうか

 

       意味の無い 信号を 渡った はずが

       気づいたら 

       ほんとうに ほんとうの “向こう岸”に

       着いてたりしてね