他人の星

déraciné

赤い くつ

 

 

       今宵の 暮色は ほんのり 白く

       見あげれば 

       白鳥たちが 真白い おなかを見せて 飛んでいく

       かなしい声で 鳴きながら

 

 

       風は 口を すぼめて ひゅうひゅうと

       ためらいがちに

       うしなわれたものの 名を

       ひとつ ひとつ 読みあげる 

 

 

       けれど わたしは いつも

       欲に 目がくらんだ 身のほど知らずで

       

       街角の ショーウィンドウ

       赤い まばゆい ダンスぐつ が 誘う

 

       わたしを 履いて 踊りなさいよ

       きっと あなたに ぴったりな はず と

 

       それからは

       ほかのものが 何も 見えず 聞こえずじまい 

 

       眠りに 落ちても

       夢の なかで

       赤いくつが ダンスを 踊る

 

       ああ いつまで たっても

       世を 渡れば 痛み 傷つく この足を

       きっと

       赤いくつ は やさしく つつんでくれるだろう と

 

       わたしは ついに 赤いくつを 履く

 

       ところが

       

       赤い くつは

       わたしを 

       食べさせも 飲ませも 眠らせも せず

       いつまでも どこまでも 踊り 狂う

 

       かわいた 涙が 雨だれのように 落ち

       頬は ただれ

       からだじゅうが 痛む

 

       赤い 赤い 血に染まる

       欲望の 美しい ダンスぐつ

 

 

       頭上で 白鳥たちの かなしい声が する

       あれは

       仲間が はぐれないよう 呼び合う 声 なのか

 

       どうか わたしを

       仲間に 迎え入れては くれない だろうか

 

 

       あの ためらいがちな 風は

       わたしが いなくなれば

       口を すぼめて ひゅうひゅうと

       わたしの 名も 読みあげてくれるの だろうか

 

 

       その かろやかな 白い羽根を 

       さすらう風の 安らぎを

       どうか わたしに 与えては くれないだろうか

 

      

       そのとき わたしは ようやく

       呪いの 赤い ダンスぐつを

       足ごと 切り落とし

       欲望の 大地と さよなら するのだ