記憶
あれは いつのこと だっただろう
彼女は ひとりで
波打ち際に 立っていた
はじめ ぼくは
彼女の つまさきを
いつも 貝殻にしてやるようにして
塩辛い舌で もてあそんでいた
ほんの おあそびの つもりで
彼女の 足のまわりの砂を さらっていった
彼女の 足は 少しずつ 砂に うもれていき
ぼくは もう少し あと ほんの少し
こわがらせてやろう と 思ったの かもしれない
彼女が あまりに 何にも 動じない ものだから
次に 気がついたとき
彼女は
まるで そのタイミングを 知っていたかのように
ぼくのなかへ 入ってきた
太陽が きらりと光って
ぼくの波の いちばん高くて 尖ったところを
明るく 照らし出した
彼女の 瞳には ぼくが うつっていた
ぼくは はっとして
いちど 飲み込みかけたものを はき出すように
彼女を 押し返した
彼女は 胸元まで 水に濡れて立ち
古い流木のように 動かなかった
小刻みに 肩をふるわせ 息をして
彼女は 思って いたのだろうか
自分が 広大な砂浜の
砂の たった一粒にも 及ばない
そんなにも はかなく おぼろげな 存在だ と
ぼくは ぼくらで ぼくらは ぼくで
風に ちぎれて 泡になって 砂に 吸い込まれても
ひとつだから
彼女は ぼくと ひとつに なりに きたの だろうか
呆然と立つ
彼女の 顔に うかぶのは
くやしさ
いかり
かなしみ
さびしさ
むなしさ
あきらめ
いたみ
くるしみ
いままで
ぼくの ふところに 飛び込んできた
たくさんの 思いと
照らし合わせて みる けれど
いつしか 彼女の姿は
刻一刻 濃くなる 夕闇に 消えて
それっきり