他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第14話

 <前回までのあらすじ>

 夏祭りの夜、偶然に出会ったお城の姫と村娘は、お互いの姿が瓜二つなのに驚きますが、村娘の提案で、二人は祭りの間入れかわることにしますが、姫は、村娘によって、古井戸の底に突き落とされてしまいます。

 しかし、古井戸の底にはキズを負ったオオワシがおり、姫は、命拾いをします。やがて月日は流れ、いまや偽の姫となっている村娘の結婚話をきき、姫は、オオワシの助けを借りて、古井戸の外へ脱出し、お城へ向かいます。

 姫は、無事、王と后に再会しますが、偽の姫の巧妙な言葉によって、実の両親から、魔物の疑いをかけられ、処刑されることとなってしまいました。

 

 

 姫は、お城の地下にある、冷たい牢屋に閉じ込められ、すっかりうちひしがれていました。

 からだはすっかり疲れていましたが、妙に冴えわたる頭は、ぐるぐると、考えることを、やめようとしませんでした。


 父も母も、実の娘である自分と、あの瓜二つの顔の娘とを、本当に、見分けることができなかったのだろうか?

 どちらが真であるのか、どちらが偽であるのか、見抜くことができなかったのだろうか?

 むかし、よく思ったものだ。もし自分が、一国の王の姫という皮を脱いでしまったら、父も母も、自分のことなど、わからなくなるのではないか、と。実際、本当にそうなってしまったとは…………

 


 絶望に沈む姫の心には、あのオオワシのことだけが思い出されました。

 命を賭してまで、自分を地上の世界へ送り届けてくれたというのに、明日の朝には、実の父と母によって殺されてしまうとは、あまりにかなしく、情けなくて、涙も出ませんでした。

 

 そのとき、何者かの足音が、暗く冷たい石の廊下に響きました。

 その者は、こちらへ近づいてくるようでした。

 見ると、それは、一人の召使いでした。


 召使いは、牢屋の中に、姫の姿をたしかめると、こう言いました。


 「姫さま。いま、そこから出してさしあげます。」
 「あなたは?いったい………」
 「とにかく、ここを出ましょう。それから、お話しいたします。」


 召使いは、そう言って、何本もある重そうな鍵の中から、迷わず一本の鍵を選び、それで牢屋の扉を開けました。

 捕らえられてしまったのが、本当の姫であるとわかった者が、ここにいたのでした。

 

 その召使いは、むかし、幼い姫がみつけたこの城の秘密の抜け道のことを知っていました。

 ですが、ときどき迷うこともあったので、そこは姫が、むかしの記憶をたどって先導しました。


 そして、城の中心部からだいぶ遠ざかると、召使いは、話しはじめました。


 「姫さまは、お小さいころ、よくこうやって、わたくしの息子と遊んでくださいました。それに、いつぞやは、息子が、城の隠し部屋に入り込んで迷子になったところを助けてくださったこともありました。あなたさまは、身分の違う者に対しても、いつも分け隔てのないお方でした。」


 姫は、その一言ですぐに、あの小さい、賢い男の子のことを思い出しました。


 「ああ、もしかしたら、あなたは?」

 「ええ、そうです。わたくしは、あの子の父親でございます。」
 「そうでしたか。彼は、元気にしているのですか?」
 「はい、それはもう。いまでは村で、職人をしながら暮らしております。」
 「そうですか。」
 「………わたくしには、あなたさまこそ、本当の姫さまであることが、すぐにわかりました。それで、急いで村へ行って、息子に事情を話し、城の抜け道のことを聞いて参ったのでございます。息子は、自分が助けたいと申したのですが、みつかったりしたらかえってあやしまれるので、思いとどまってもらいました。……いいえ、あなたさまが、本当の姫さまであると気づいた者は、他にもいたと思うのです。ただ彼らは、自分の身に火の粉がふりかかってくる事態を、極力避けたかっただけなのです。ただふつうに、そういう思いがまさっただけなのです。あるいは、王さまと、お后さまでさえも………」
 「………え?」
 「王さまも、お后さまも、本当は、どこかで、何が真実か、わかっておられたのかもしれません。けれども、ああしたお立場の方は、守らなければならないものが大きすぎ、また、多すぎるのでしょう。おふたりは、向かい合って、何かを話すこともないのかもしれませんし、あるいは、何かを知っても、誰にも口をつぐんでいるのかもしれません。それに、たとえ真実でなくても、人は誰しも、信じたいことしか信じないものなのです。……ですから、誰にも、何も、たしかなことは、わからないのです。」

 

 その言葉に、姫の心は、小舟のように、ゆれるばかりでした。

 

                            《第15話へ つづく》