「では、それならば…。…でも、なぜ…。あの者は、いったい………」
姫は、自らに問うように、言いました。
そのとき、遠くで、犬が吠えたような声が響きました。
ふたりは、ぎょっとして、足を止めましたが、あとには、静寂があるばかりでした。
「先を急ぎましょう。とにかく、ここにいるべきではありません。ここはもはや、あなたさまのようなお方が、とどまるべき場所ではないのです。」
召使いは、強い口調でそう言うと、はっとしたように口をつぐみ、しばらくしてから、おだやかに言いました。
「大丈夫です、姫さま。魔物というものは、神出鬼没、変幻自在なはずです。そのようなものが、こつ然と、牢屋から消えたとて、何の不思議がありましょう。姫さまを、魔物だなどと言ったことを、逆に利用すればよいのです。あの偽者の姫さまだって、魔物ではなく人間だなどとは、口が裂けても言わないでしょう。自分が偽者だということを、白状するようなものですから。」
しかし偽の姫は、この勇気ある召使いとまったく同じ理由で、ある男に、城門の外で番をさせていました。
その者は、偽の姫に惑わされた数いる男のうちの一人でした。
その男は、王の若き側近でしたが、王よりも、偽者の姫に忠誠を尽くしており、何でもよく言うことをきいたのです。
偽の姫は、その者に命じました。
「いいかい、よくお聞き。あのわたくしの偽者は、たしかに魔物。魔物とは、神出鬼没、変幻自在。あやしげな術を用いて、牢を抜け出し、城から出ることも可能であろう。お父さまは、甘すぎる。魔物というものを、知らなさすぎる。だからおまえは、城門の外で、魔物を待ち伏せし、気づかれないようつけていって、人目につかぬ場所で殺してしまうのだ。よいな?」
偽の姫にとって、本当の姫は、二度とふたたび、自分の前に現れてもらっては困る存在でした。
お城の中の者すべての素性を知ることは不可能でしたし、いつ誰が真実に気づいて、本当の姫の逃亡を助けないとも限りません。絶対に、そのようなことがあってはならないという怯えから、偽者の姫は、本当の姫の、確実な死を望んだのでした。
《第16話へ つづく》