他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「真実は井戸の底に」第2話

 

 さて、ここに、はじめてお披露目されるという、評判の美しい姫君を、ひそかにつけねらう者がおりました。


 お城のお姫さまといえば、言うまでもなく、その装いは、たいへんに豪華なものです。

 これ以上はないというくらいにつややかなバラ色の絹地に、金銀の糸で繊細な刺繍がほどこされたドレスは、暗い夜にも、まるで星のように光りました。

 

 そして、姫の細く愛らしい首もとには、いくつもの宝石をあしらった首飾りと、それだけでなく、腕には、大きくて真っ赤なルビーをはめ込んだ、美しい腕輪が光っていました。


 ものかげから、姫をじっとみつめる者は、この、月光を反射して輝く腕輪にねらいを定めたようでした。

 

 その者は、王もお后も、みなが、目の前で披露される芸に夢中になっているときが、ねらいめだと思いました。そのときには、村人たちに混ざって立っている家来たちも、きっと気がゆるんでいるはずでした。

 

 しかし、思いがけず、もっと好都合なことが起きました。姫はさっきから、父と母から離れて、もっと自由に、あちらこちらを見て歩きたくてしかたがなかったのです。

 

 それで姫は、父と母が、不可思議な手品に気を取られているすきに、村人たちでごった返すお祭りの市場(いちば)へ、そっと、まぎれ込んでいったのです。

 

 姫は、ほんの少しだけ、自由に見てまわったら、すぐに、父と母に気づかれないうちに戻ることにしようと思っていました。ところが、そううまくはいかなかったのです。

 

 姫が、父と母から少し離れた場所で、めずらしい品々に目を奪われたその瞬間、うしろから近づいた何ものかが、姫の腕輪をすばやく抜き去り、全速力で、走って逃げていきました。

 

 姫は、あっ、と思いました。そして、はしたないとは思いましたが、ドレスのすそをたくし上げ、できるだけ早く走って、追いかけました。

 

 そのものは、女のようでした。娘は、すばしっこく、おしとやかなお姫さまには、到底追いつけるものではなかったのですが、娘が、たまたま、力くらべに参加する大男にぶつかったのが、幸いでした。

 

 「それは、わたくしの大切なものです。どうか、返してください。」

 

 姫は、そう言って娘の腕をつかみ、自分の方へ向き直らせました。あたりは暗かったのですが、このとき突然、月の光が、雲間から、二人の顔を明るく照らし出しました。

 

 そのとたん、二人は、あっ、と、息をのみました。二人とも、しばらくの間、口もきけませんでした。

 

  やがて、娘の方が先に口を開きました。

 

 「どういうこと?あんたの、その顔。まるで、あたしじゃないの。」

 「あなたは、いったい誰なのです?いったい、どういうことなのですか?」

 「こっちが先にきいてるのよ!冗談じゃないよ、まったく。」

 

 娘は、ひどく困惑して、ため息をつき、額に手をあてて、天を仰ぎました。そのとき、ほんの一瞬、なつかしい人の声が、娘の心に語りかけたのですが、娘は、気がつきませんでした。

 

 「ねぇ。あんたさ、そんな立派ななりしてるんだし、こんな宝石、いくらだって持ってるんだろう?だったら一つくらい、分けてくれてもよさそうなもんだのに。」

 「……でも、それは、その腕輪は、わたくしの………」

 「お気に入りなのかい?じゃあ、そっちの首飾りでもいいよ。ねえ、恵んでおくれったら。おんなじ顔してるよしみでさ、くれたって、ばちは当たらないだろう?状況によっちゃ、あたしがあんたで、あんたがあたしだったかもしれないんだよ?」

 

 姫は、どうしたものかと、すっかり困ってしまいました。

 

 こんな貧しい者に接したのも、今夜がはじめてでしたし、こんなふうに、何かをねだられたことも、これまで一度もなかったのです。

 

                            《第3話へ つづく》