他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第11話

 

 すると、王子の瞳に輝きが戻り、傍らにいる娘に気がついて、口を開きました。


 「………おお、そなたは、わたしの美しい人ではないか。」


 娘は、涙を流しながら、言いました。

 

 「王子さま。わたしが、おわかりになるのですか。あなたさまは、十年の歳月を経て、よみがえられてもなお美しく、光り輝いておいでになる。けれどもわたしは、ずいぶん、くたびれ果ててしまいました。」


 「いいや。そなたのハシバミ色の瞳は、まったく変わっておらぬ。それどころか、なお深みを増して、まるで、そなたの心そのもののようだ。……そなたが、わたしを助けてくれた、そうなのだろう?」

 

 娘は、その問いに、「はい」とも、「いいえ」とも答えられずに、泣き出してしまいました。

 

 「美しい人よ。なぜ、黄泉(よみ)の国から戻ったわたしに、あの美しい微笑みを、見せてはくれぬのだ?」


 「……王子さま。そうしたい気持ちでいっぱいで、この胸は、いまにもはちきれてしまいそうでございます。ですが、いまのわたしには、それができないのです。」


 「なぜ?」

 

 「わたしは、もうすでに、一生分の喜びと幸せと満足を、失った女だからでございます。」


 「ああ、なぜ、そのようなことに?………まさか、そなた、あの東の森にすむという、邪悪な魔女と、何か、あやしげな約束を交わしたのではあるまいな?」


 「心苦しうございます、王子さま。おっしゃるとおりでございます。」


 娘は、苦しみのあまり、地にひれ伏し、身動きできなくなりました。

 

 「なんということを………」


 王子は、まっすぐな気性のもちぬしだったので、曲がったことやずるいことが大嫌いでした。

 そのため、あんなにも愛しかった娘のことを、いいえ、とても愛おしく思っていたからこそ、どうしても、娘の穢れた行いが、許せなくなりました。


 「いますぐ、ここを去れ。そなたの顔など、もう見たくもない。」


 あんなに会いたいと、夢にまで見た王子からそう言われ、娘の胸は、はりさけんばかりでした。


 娘は、王子の命のために、自分の喜びと幸せと満足を投げ出すことをためらってしまい、一度は王子を死なせてしまったといううしろめたさから、ことの顛末を語ることができなかったのです。


 もし、いま本当に、胸が裂けて、死んでしまえたら、どんなに幸せだろう、と思いながら、娘は、どんなに泣いても泣ききれぬほどの涙を流し、王子のもとを去りました。

 

 

                            《第12話へ つづく》