他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「一生分の喜びと幸せと満足」第10話

《前回までのあらすじ》

 むかし、ある国で、十五になったばかりの王子と、貧しい村娘が出会い、恋に落ちるのですが、王子の行く末を案じた王とお后によって、王子は、無理矢理高い塔の上の部屋に、閉じ込められてしまいます。

 村娘にも会えないばかりか、塔の外へ出ることさえも許されず、やがて、王子は死病にかかってしまいます。

 その話をきいた村娘は、いてもたってもいられず、国中から嫌われている魔女のもとへでかけていきます。

 そして、自らの、王子の命を助けることとひきかえに、自分の一生分の喜びと幸せと満足を差しだすことを約束したのですが、そのおそろしさから、魔女との約束を果たすことができず、王子は、命を落としてしまったのです。

 

 

 

 それから、十年もの月日が流れました。

 

 病弱だった娘の母は、王子の死から、一年も立たないうちに亡くなり、父は、それから四年後、狩りに出かけたきり、戻ってきませんでした。

 おそらく、獣に襲われでもして、足を踏みはずし、谷底へ落ちたのだろう、というのが、村の人の話でした。


 娘は、すっかりおとなになりましたが、悲しみにやつれ、涙のあとの消えない頬と、輝きを失って暗い色にあせてしまったハシバミ色の瞳は、本当に、痛々しいほどでした。

 娘はまるで、くたびれ果ててしまった老婆のように、たったひとりで、毎日を暮らしていたのです。

 

 そんなある日の晩のことです。

 娘は突然、あの魔女の声をききました。


 「約束のものは、たしかにもらった。おまえの望みをかなえてやろう。月の森の奥深く、王家の墓地を、たずねるがよい。おきき。王子は、とてものどが渇いている。清い水を、たくさん飲ませることを、決して忘れぬように。」 

 

 娘は、心臓が飛び出るほど、驚きました。

 

 そして、大急ぎで井戸へ行くと、清い水を、両の手で何とか抱えられる大きさのかめいっぱいに、注ぎました。

 それをもって、娘は、月の光に、いちばん美しく照らされる「月の森」をめざして、飛ぶように走っていきました。

 

 娘が墓地についてみると、その一画に、青白い閃光が走るのが見えました。

 それが、あの不遇な王子の墓を貫いたかと思うと、墓標が割れて、王子が棺桶のなかから身を起こしました。


 あれから十年も経ち、王子の体はすっかり大きくなり、世にも美しい、青年の姿に成長していました。

 

 娘は、急いでかけ寄ると、王子に、水をさしだしました。

 

 王子は、ひしゃくでさしだされるたびにそれを飲みほし、かめに入っていた水を全部、飲んでしまいました。

 

                            《第11話へ つづく》