さて、自分の言いつけどおりに、すみれを処分させたものの、王子は、何となく面白くないような、退屈で、不機嫌な気持ちで、日々をやりすごしていました。するとそこに、またもや、珍しい贈りものが異国の地から届けられました。
それは、とても美しい声で歌う、一羽の、青い色をした小鳥でした。
すみれがそうであったように、この小鳥も、やはり、自分のなじんだ場所にいたかったのですが、ただ「美しい」、という理由だけで、王子を慰めるために、連れてこられてしまったのでした。
でも、もし、王子が、鳥の翼の、自由を知り、思いやりをもって接してやれば、鳥は王子を好きになり、故郷を思って、悲しくなることもなかったでしょう。
王子は、最初のうち、すすんで、小鳥の世話をしてやりました。なぜなら、その、ビロードのような光沢をもつ、青い羽根を、本当に美しいと思ったからです。そしてまた、その鳴き声は、天上の調べのように清らかで気高く、それでいて、鳴くべきときを心得ているかのように、慎み深いのです。
王子に、どうしても慎みをおしえられなかった王とお后は、大変喜びました。
「よかった、よかった。あの鳥こそ、きっと、王子に慎みを、おしえてくれることであろう。」
実際、王子は、金の鳥かごのふたを開け、丁寧に、中を掃除してやったり、新鮮な緑の葉や、麦粒などを与えてやることに、大変な満足を感じていました。そっと、指を差しだすと、小鳥は、王子の気持ちに応えるように、それはそれは美しい声で、歌いました。そんな小鳥に、王子はしだいに、愛おしさを感じるようになったのです。
王子は、よく、鳥に、こう話しかけました。
「鳥や、鳥。お前の住んでいた、遠い国、とやらの話をしておくれ。」
鳥は、まだ慣れない環境に、不安を感じつつも、返事をしました。
「喜んで。王子さま。」
そうして、鳥は、自分のいた暑い国では、いつも、人々は皆、さらりと軽い、白い布を身にまとい、できるだけ、お日さまを避けて、昼間はあまり出歩かないこと、乾いた風が、砂の匂いにのせて、甘い果実の香りを運んでくること、何ともいえない、いい匂いのする風、霧の朝の、鋭く冴えて、澄み渡る空気など、自分の知っているだけのことを、王子に話してきかせました。
王子は、そんな小鳥を、他にはない、何ものにもかえがたい、本当に、よい鳥だ、と思いました。
ところが、時が立つにつれ、小鳥の歌声は、はじめの頃の、澄んだ音色を失い、王子の耳を惹きつけることが、しだいになくなっていきました。
そして、夜の帷が落ち、王子が床につく頃になると、小鳥は、悲しげに、身をふるわせるようになったのです。
そんな晩が続くうち、王子は、そんな小鳥のようすが、がまんならなくなってきました。それで、王子は、小鳥に向かって、幾分、怒ったような口調で、言いました。
「一体、何が不満なんだ。僕はこうして、おまえを、僕の部屋に置いてやっている。しかも、毎日毎日、新鮮な水とエサを与えてやっているというのに。」
「そうではありません、王子さま。何も、不満など、ありはしません。」
「ではなぜ、僕が眠る頃になって、これみよがしに、身をふるわせなどするのか。」
「悲しいのです。ここは、わたくしが生まれ育ったところより、あまりに狭く、暗すぎるのです。わたくしの、この青い翼は、自由な空を思って、毎晩のように、痛むのです。それでわたくしは、せつなくなって、思わず、ふるえてしまうのです。」
「そんなことは、僕の知ったことはない。お父さまから、聞いたことがある。心強きものは、たとえどんな目にあっても、必ずや克服し、もっと強くなるのだ、と。つまるところ、おまえは、心が弱いのだ。」
そう言われると、小鳥は、悲しげにうつむき、身をふるわせることさえ、できないようでした。
「おそれながら、王子さま。わたくしたち、翼もつ鳥はどれも、自由の空に抱かれることで、この身に力をみなぎらせるのです。大いなるものに抱かれずして、ふるえずにいられるのは、すでに命のないもの、すなわち、ハクセイだけでございましょう。」
すると、王子は、これでしまいだ、という顔をして、小鳥を見おろしました。
「よく、わかった。」
翌朝、王子は、鳥かごを指さして、家来に一言、言いました。
「あの鳥を、殺してくれ。」
元気のない小鳥を、かわいそうに思った家来は、こう提案しました。
「しばらく、自由に飛ばせてやれば、また元気になるかもしれません。空に、放ってやりましょうか。」
しかし、王子は言いました。
「いや。こんな心弱い鳥は、どこへ行こうと、生きられまい。いまここで、殺してやる方が、慈悲というものだ。」
王子の命令は、絶対でしたから、家来は、言われたとおりにするしか、ありませんでした。
小鳥の心臓が、剣の先で、その拍動を、永遠に止める瞬間、何を思ったのか、それは、誰の知るところでもありませんでした。
《第3話へ つづく》