他人の星

déraciné

裏切られた青年のためのおとぎ話 「不幸せな王子」第3話

 

 そんな王子も、やがて十五になり、まわりのものたちは、方々に、おふれや使いを出して、王子にふさわしい結婚相手をさがしはじめました。そのうわさを聞きつけたものは、王子が望むと望まないとにかかわらず、美しい女を、王子のもとへ送り込んできました。

 

 王子の方は、まんざらでもなく、ほんのいっときは、楽しい時間をすごすのですが、すぐに飽きてしまって、不満をもらすのです。

 

 「ああ、ああ、女というものは、どうしてこうも、同じなのだろう。香水には、花のような、謙虚さのかけらもない。きつい匂いのせいで、どんな料理も台無しだ。それにあの、甘ったるいおしゃべり。小鳥のさえずりのような、つつましさもない。媚びを売ること、行商人のごとし。駆け引きにばかり、たけている。」

 

 ところが、最後に会った、異国の領主の娘だという少女だけは、どこか違いました。その髪は、漆黒の闇のように黒く、瞳は、森の泉のように深い、澄んだ緑色をしていました。そして、たずねられたときにだけ、伏し目がちに、二言、三言、話をするのでした。王子は、そんなようすを、ことのほか気に入り、このような娘と結婚したならば、自分はきっと幸福になれるに違いない、と思ったのです。

 

 王子に、どうしても愛をおしえられなかった王とお后は、大変喜びました。

 

 「よかった、よかった。あの娘こそ、きっと、王子に愛を、おしえてくれることであろう。」

 

 しかし、娘の方は、王子のことを、あまり、好きにはなれませんでした。それどころか、ひどくおそろしい感じがしたのです。


 王子の明るい青い瞳も、亜麻色の巻き毛も、完璧なつくりもののように美しいのですが、その瞳は、この世のどんな悲しみも、苦しみも知らない、強い自信に満ちていました。それは、娘が好きな、獣たちの瞳とは、まるで違いました。

 

 けれども、娘の運命は、はじめから、自分の両親の手に握られていたので、娘には、そこに小さな針穴を開ける力すら、なかったのです。

 

 

 その娘は、王子の国から、国境を二つほど越えた国の、領主の末娘でした。ですが、生まれて間もなく、町の職人の家にあずけられ、そこで育ちました。

 娘には、兄が一人、姉が三人おりましたが、兄は家の跡を継ぎ、三人の姉は、家柄と地位のために果たさねばならない結婚の義務を、すでになし終えていました。ですから、忘れたころに生まれてきた娘は、悪くいえばお荷物、よくいえば、どう生きようと、自由なのでした。


 ものごころついたとき、娘はすでに、町の家の子でした。

 少し離れた山手の方に、自分の生家があると聞かされても、その「立派なお屋敷」は、よその家も同然でした。生みの親に、会ってみたい気持ちはありましたが、まわりの人たちのようすから、それが許されない願いだと、なんとなく、わかっていました。

 

 ところが、娘が十五歳になるころ、突然、家からの使いだという者が現れ、娘は、育ててくれた人々に別れを告げるひまさえ与えられずに、家に連れ戻されたのです。


 実は、とある国の王子が、結婚相手を探しているときいた娘の両親が、町に暮らす自分たちの末娘の姿絵を送ったのでした。すると、ぜひ会ってみたいから、来させるように、との返事が来たものですから、両親の喜びようといったらありませんでした。


 それですぐ、町へ使いの者を出し、娘を連れ戻すと、有無を言わさず、金銀繻子のドレスやら、紅や瑠璃の宝石で飾り立て、そのまま、王子の国まで送らせました。

 

 かくして、娘は、みごと王子の目にとまり、お妃という、誰もがうらやむ座におさまる約束の身となったのでした。娘の両親は、何晩も続けてお祝いの宴を開くほど、大変な名誉に大喜びしましたが、当の娘は、戸惑いと、心細さと、深い悲しみに暮れていました。

 ある日突然、思い出深い場所や、かけがえのない人たちから、むりに引き離されてしまったのですから、当然といえば、当然のことでした。

 

                              《第4話へ つづく》