王子は、言いました。
「どうして、それを、もっと早く言ってくれなかった。そなたは、わたしのために、自分の一生分の喜びと幸せと満足を投げだすことができなかったことを、悔いているのであろう?……しかし、それは、ひとおもいに命を投げだすことよりも、ずっとおそろしいことだ。絶望に身をゆだねていては、生きた心地のするものではない。わたしだって、そのようにおぞましいものが近づいたならば、たとえ神の使者であろうとも、斬りかかってしまったことであろう。わたしの罪は、あまりに深い。美しい人よ、どうか、許しておくれ。」
娘は、目を伏せて、応えました。
「いいえ、王子さま。わたしに勇気がなかったために、あなたさまがかえって苦しまれることになってしまいました。それだけではありません。国王であらせられるお父上、そのお后であらせられるお母上も、いったいどれほどお苦しみになったことか……。そして、そのせいであなたさまは、激しい苦痛とともに、再びお命を落とされるところだったのです。………ああ、わたしはいったい、どうやって、この罪をつぐないましょう?」
あまりの苦しさに、身悶えする娘をじっとみつめ、王子は静かに、こう言いました。
「ならば。……ならば、たのみがある。わたしと結婚し、ともに遠い国へゆき、いっしょに暮らしてはくれないか。」
娘は、王子から、思いがけない言葉をきいて、まるで、天にも昇るようでした。
しかし、娘の一生分の幸せと喜びと満足は、すでに娘を去っていたので、ただとめどなく、涙を流すことしかできませんでした。
ですが、いまや、それをわかっているのは、娘ひとりだけではありません。王子はいまこそ、このあまりに悲しげな娘の涙が、本当は、喜びの涙であるということを、知ることができました。それだけで、娘はどんなになぐさめられたことでしょう。
王子についてきていた召使いは、お城へ戻ると、王子が自らの剣で心臓を刺し、湖に沈んだのを見たと言いました。
この老いた召使いは、長年お城につかえており、王とお后の信頼も厚かったため、みながそれを信じ、みなが王子のために泣きました。
もちろん、養子王子も、王の姉君も、王とお后に近い立場の者たちも、悲しげな面持こそしていましたが、内心、これでめんどうがはぶけたと喜んだのは、言うまでもありません。
そして、王とお后もまた、心底嘆き悲しんではいましたが、これで肩の荷がおりたと、どこかでほっとしていたのです。
《第17話へ つづく》