他人の星

déraciné

夜ごとの 訪問者

 

 

 

       「ねぇ きみ」

 

       僕は この声に 慣れている

       この声を 知っている

       夜ごと あらわれる

       轢死した という 男の 声だ

 

       「あの 遮断機も 警報機も

       人を 電車から 守るためのものじゃない です」

 

       また そこから 話すか と 思いつつ

       僕は 布団の上で 身じろぎもしない

 

       「むろん あいつだって 走りたくて 走ってるわけじゃない

       あの 鉄の塊は 時間の 奴隷で

       遮断機も 警報機も  

       あいつに 同じところを 同じ時間に 走らせるため 

       入り込む だとか 飛び込む だとか

       そういう 人間の 妨害から

       あいつを 守るためのもの であって」

 

       彼はいつも そこで 話を 切る

       そして しばらく 沈黙したあと

       再び 口をひらく

 

       「だから 飛び込んだ です 

       それが わかったから 飛び込んだ です

       せめてもの 抵抗? 

       そんな 大義名分 ありは しません

       ただ ただ 飛び込んだ です

       それで

       あぁ よけいなこと しやがって 遅刻しちまう て

       誰かが 舌打ちするの

       ホームの 上を 漂いながら きいた です」

 

       そうして 彼は いつものように

       さめざめと 泣きだす

 

       「ああ ああ かわいそうだ かわいそうだ みな

       誰も 何も 止められない

       このまま 走って いくしか ない

       ぶつかって こわれる まで

       ああ ああ かわいそうに かわいそうに」

 

       そうして 彼は 透けるように 消えていく

 

 

       翌朝 僕は スーツ着て

       靴を 履くのも もどかしく

       駅へと 急ぐ

       ホームに 立って

       彼のような 人間の血を どれほど浴びたか わからない

       ごつごつした 赤黒いレールを 見ても

       彼のことを 思い出しも しない

 

       頭の中は 今日のことで いっぱいだ

       つくらなければならない 書類の 山 という山

       会わなければならない 人間の 顔 という顔

       すべてが ジェンガみたいに 積みあがってる

       一つも 手順を 間違っちゃ いけない

 

       なのに

       夜ごと 彼は 来る

 

       僕は 忘れても

       彼は 忘れない

 

       僕は 忘れる

       彼は 来る

 

       いつか いつか

       彼が 忘れて

       僕が 忘れない 日が

       来る のだろう か

 

 

 

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