他人の星

déraciné

僕たちの 大失敗

 

       冬のにおいが 鼻を かすめると

       みんな 家路を 急ぎたくなる らしい

 

       とっぷり 暮れた 闇は 濃くなるばかりで

       ああ 暗くて 寒いのは

       死んで 墓に入るまで 勘弁 してくれよ

 

       昼光色の 明るい あたたかい 我が家へ

       はやく はやく 帰ろう

 

       それは いっこうに かまわない けれど

 

       列に 並んで 待っているのに

       なかなか 来ないんだよ バスのやつ

 

       車 車 車車車 車が 多すぎる と

       思っては いたけれど

       まさか 

       赤い テールランプが 車種で こんなに 違うなんて

       知りも しなかった

 

       みんな こんなに 違う顔で 怒っていた とはね

 

       いまにも 泣き出しそうな 顔

       懇願 している 顔

       困惑 している 顔

       眠たそうな 顔

       ねぶた みたいな 顔

       狂気の沙汰で ぎらり にらみつける 顔

 

       みんな みんな いらいらしてる

 

       わたしも わたしの顔で いらいら している

 

       知らない おじさんが 耳に 手をやったのにも

       知らない 男の人が 頭を かいたのにも

       知らない おばさんが 時刻表を のぞき込んだのにも

       知らない 女の人が スカーフ 巻き直したのにも

 

 

       大丈夫 これは わたしの問題

       わかって いても

       いらいらは とまるものじゃない

 

 

       ようやく 来た バスの中

       わたしは ずっと 考えていた

 

       ねたみ そねみ うらみ という感情は

       なぜ 自然淘汰 されなかったのか

       苦しいし 苦しめられるし

       何も いいことなんか ないのに

 

       きいてみたら 家人は 言った

       「自分が 理不尽に 不当に扱われて

       怒りを感じなかったら 問題だろう」 と

 

       わたしは 思った

       つまり 進化上 必要だった というわけか

       われわれ 人類が 平等な世界を 築いていけるよう

       残ってくれた というのか

       この ひどく 気持ちの悪い 不愉快な 感情は

 

       しかし だからといって

       それから ぼくたちは

       それぞれが 自由で 平等な 世界を

       築けたんだろうか

       いやいや とても そうとは 思えない けれど?

 

       僕たち ひどく 失敗して

       終わるんじゃ ないか

       このまま 失速して 機体は 大破

       進化の実験は 大失敗に 終わるんじゃないか とね