他人の星

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映画

『沈黙―サイレンス―』―映画と、原作の両方から (2)

“この世の愚かな者、弱き者の宗教” 「しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。」 コリント人への手紙 第1 第1章26節 キリスト教は、紀元前後、ローマ圧政下で…

『沈黙―サイレンス―』―映画と、原作の両方から (1)

1640年、江戸時代初期の日本。布教活動をしていたイエズス会の高名な宣教師、フェレイラが、厳しいキリスト教弾圧下で捕らえられ、ついに棄教した、という知らせに、弟子のセバスチャン・ロドリゴ神父と、フランシス・ガルペ神父は耳を疑う。 日本へ渡り、自…

『葛城事件』(4) ※ネタバレあり

二人目の犠牲者、そして………… 保の自殺によって、リミッターが外れたように、稔は、凶行に走ります。 刃先の長いサバイバルナイフが、その手にしっかりと握られ、陽の光を受けて光るのを、稔は、自室のベッドの上で、じっとみつめます。 そして、リュックを背…

『葛城事件』(2) ※ネタバレあり

家庭内殺人、一人目の犠牲者 葛城家の過去の回想で、この家族の、おそらくもっとも「幸せ」だったであろう時代の場面が描かれます。 父・清は、「家」を建て、一国一城の主となり、息子たちが生まれた記念に木を植えたと、家に招いた近所の友人たちに、誇ら…

『葛城事件』(1) ※ネタバレあり

「残酷なおとぎ話」 かなりきつい内容だ、といううわさを、何となく耳にしつつ、でも、いずれきっと観ようと思っていた作品でした。 この映画を観て、この「家族」を見て、どう感じるかは、当然、自分が育ってきた家族、そこから得た家族像が影響することで…

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2) ※ネタバレあり

乗り越えられることと、乗り越えられないこと やがて、リーの、その街での過去が明らかになります。 リーと、その妻、ランディの間には、まだ幼い3人の子どもがいたのですが、家が火事になり、3人とも焼け死んでしまったのです。 火事の直前、リーは、たく…

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(1)※ネタバレあり

何か面白そうな映画はないかと、youtubeで予告編を見ていて、気になったのが、本作でした。 「面白い」映画、というのは、私にとって、たとえば、こんな感じです。 ①何もかも忘れて、お腹を抱えて笑える映画 ②静かな痛みを、胸にのこす映画 ③驚愕とともに、…

『ウィンド・リバー』(2)※ネタバレあり

現実の痛みに満ちた映画 私が、この映画の世界を、「現実世界と地続きの悪夢」だと感じたのは、物語が、事実に則してつくられているからではありません。 「ネイティブアメリカンと白人の間」だけの問題ではないからです。 人間のいるところなら、世界中どこ…

『ウィンド・リバー』(1)※ネタバレあり

“草原がなびく 私の理想郷 風が木の枝を揺らし 水面がきらめく 孤高の巨木は 優しい影で世界を包む 私は このゆりかごで あなたの記憶を守る あなたの瞳が遠く 現実に凍えそうな時 私はここに戻って目を閉じ あなたを知った喜びで 生き返るの” 映画の冒頭に…

『バットマン ダークナイトライジング』(4)

満ち足りた「死」を死ぬのか 満たされない「生」を生きるのか 『ダークナイトライジング』の最初の黒幕、ベインは、マスクをつけて絶えず薬を吸引しなければ地獄ほどの苦痛を免れ得ず、バットマンは、彼に、「起爆装置の場所を教えたら、死ぬことを許してや…

『バットマン ダークナイトライジング』(3)

寄せては返す 波のように ところで、物語とは、大塚英志氏が様々な物語論をまとめたところによれば、基本的に、「行って」「帰ってくる」という構造を持っている、ということです。 つまり、主人公が、ふとしたきっかけから、日常を離れた場所へおもむき、そ…

『バットマン ダークナイトライジング』(2)

「どこへでも行けたのに」―引き継がれた闘い さて、傷心のブルースを慰めるように現れた、もう一人の女性が、ミランダ・テイト(実は、ラーズ・アル・グールの娘タリア・アル・グール)です。 彼女は、ウェイン産業(ブルース)が計画を頓挫させた“慈善事業”…

『バットマン ダークナイトライジング』(1)

物語と生きる どちらかというと、暗い物語の方が好きです。 どこかもの悲しいような、胸苦しさを感じたり、最終的に希望は残っても、それは、はるか遠くに針穴ほどの光が見え隠れするような、そういう映画の方を、よく見ます。 現実の世界では、様々な出来事…

『バットマン ダークナイト』(6)

ジョーカーの「呪い」 「面白い言葉ね。札つきなら、かえって安全でいいじゃないの。鈴を首にさげている子猫みたいで可愛らしいくらい。札のついていない不良が、こわいんです」 「私、不良が好きなの。それも、札つきの不良が、すきなの。そうして私も、札…

『バットマン ダークナイト』(5)

「たった一人の私」? さて、ジョーカーは、ゴッサム・シティの市民にゲームを強要し、従いたくない者は、街を出て行くよう、促します。 橋には爆弾が仕掛けられており、船で逃げるより他に方法はなく、結果的に、市民たちは、まんまと、ジョーカーの狙いどお…

『バットマン ダークナイト』(4)

“正義感”のあやうさ 「ジョーカー」は、口の裂けた自分の素顔に道化師のメイクをし、ハービー・デントは、素顔そのものが“トゥーフェイス”、二重性をもつのに対して、バットマンは、仮面をかぶり、素顔を隠しています。 隠す、ということは、“バットマン”にす…

『バットマン ダークナイト』(3)

仮面が仮面でなくなるとき 人は、日常生活という舞台の上で、あたかも俳優が演技をするかのように、何かの役割を演じている、と言ったのは、社会学者ゴフマンです。 なぜ、演技をするかといえば、それは、人間が、他人からよく見られたいという欲求をもって…

『バットマン ダークナイト』(2)

ジョーカーの“物語” 映画を見ている間、私は、「ジョーカー」の中に、一度入ったら出られなくなるような、深い落とし穴のような、けれども、とてつもなく魅力的な、一つの世界を見ていました。 彼は、素顔の上に、道化師のメイクをほどこしていますが、口が…

『バットマン ダークナイト』(1)

境界を越えてくるもの 私は、“ピエロ”を見ると、頭の中で、警戒を促すような音が鳴り響くのを感じます。 どうしてでしょうか。 人間が、たいした理由もなく、“現実の世界”だと取り決めた境界。 その向こうから、今まで一度も見たことがないようでいて、ひど…

『バットマン ビギンズ』(4)

「ヒーロー」たる所以 いずれにせよ、映画の中の人物に、本気で共感したり、反発したりできるということは、人物描写が、それだけよくできているからなのだと思います。 そして、バットマンは、決して孤独ではありません。 たとえば、ブルースから、自分のこ…

『バットマン ビギンズ』(3)

「恐れる男」と「恐れない女」―ブルースとレイチェル 劇中の、ブルースとレイチェルの関係を見ていて、何となく、思い出したものがあります。 夏目漱石の、『彼岸過迄』という作品です。 「僕は自分と千代子を比較する毎に、必ず恐れない女と恐れる男という…

『バットマン ビギンズ』(2)

「どうして人は落ちるのか?」 以下、ネタバレになりますので、ご注意ください……。 バットマンこと、ブルース・ウェインの恐怖の対象は、コウモリであり、彼のコウモリ恐怖症は、少年の日、深い穴に落ち、そこでコウモリの群れに襲われたことに由来します。 …

『バットマン ビギンズ』(1)

“クリストファー・ノーラン” レンタルDVDで、映画でも観たいな。でも、何を借りよう? よく、迷います。 レンタルビデオやさんで、ジャンルの棚の間を、行ったり来たり、迷いすぎて、足が棒になって、くたくたに疲れて、結局、何も借りなかった、なんていうこ…

『エレファント・マン』(5)

遠い他人の実話=“フィクション” 同じものや似たもの同士を一緒くたにし、カテゴライズして名前をつけ、対応を効率化させることに長けている人間という生きものは、他方、新奇のものをどう捉えて接したらよいのかについては、ひどく不器用です。 そのような…

『エレファント・マン』(4)

「みんなちがって、わたしだけいい」 つまり、それほど変わりも動きもしていない“エレファント・マン”ジョン・メリックをめぐって、まわりの人たちは、必死になって、踊っているのです。 蔑んで、貶めるか。 異常に敬愛し、礼賛するか。 どうして、ふつうにで…

『エレファント・マン』(2)

“北極星”をめぐって この映画の主人公は、確かに、エレファント・マン(ジョン・メリック)なのですが、彼は、ほとんど動かない“北極星”であって、裏主人公、つまり、見世物小屋に入れられているのは、彼のまわりの人間たちの方だったのではないのでしょうか…

『エレファント・マン』(1)

“デヴィッド・リンチ”の“エレファント・マン” 映画館で『ロスト・ハイウェイ』を見て以来、何となく、デヴィッド・リンチの監督作品が気になるようになりました。 …とはいっても、観たのは、今のところ、テレビドラマ『ツイン・ピークス』と、映画『マルホラ…

『ジェイコブス・ラダー』(3)

「現実」ー夢と幻想の間に この物語は、ジェイコブが戦場で刺され、瀕死の重傷を負ってから、野戦病院に運ばれて、様々な治療を施されたのち、最期に力尽きて死ぬまでの間に見た、彼の夢、幻ということになるのでしょうか。 ですが、夢や幻で片付けてしまう…

『ジェイコブス・ラダー』(2)

「死」からはじまる「生」の物語 以下、ネタバレを含みますので、ご注意ください……。 この映画で、“現実”として流れているのは、主人公ジェイコブが、戦場で致命傷を負ってから、ヘリで野戦病院に運ばれ、様々な処置を受けた末に、死をむかえるまでの時間な…

『ジェイコブス・ラダー』(1)

「地下鉄」ー暗闇と無意識、魑魅魍魎の世界 地下鉄に乗ろうとして、階段を下っていくと、いつも、かび臭いような、湿った風が吹いてくるのを感じます。 その匂いを嗅いだときから、再び地上へ出るまでの間、本当は、人間の領分ではない場所にいるような気が…